元稀代の悪役王女ですが、二度目の人生では私を殺した5人の夫とは関わらずに生き残りたいと思います
「いらっしゃいませ、リザ王女。セイシス様」
クールな顔に口元を緩ませてから、サフィールが出迎えてくれた。
「ごめんなさいね、突然」
「いえ。王女に頼っていただけるなんて、光栄なことです。さぁ、中へどうぞ。一応フローリアン産の花で、所持しているサンプルを集めておきました」
サフィールについて研究所の奥へ進んでいくと、ガラス張りの研究室が廊下の両側にずらりと並んでいた。
それぞれの部屋で研究している職員たちも、私が視界に入るや否やその手を止めて頭を下げる。
そういうものではあっても、なんだか邪魔しているようで申し訳なくなるわ。
「そう言えば、あの時の食虫植物も植物園との共同研究になって、内で半分いただいて薬の研究を行っているのですよ」
あの時の──あぁ、この間一緒に行った時襲ってきたやつね。
植物園でも生態系を研究しながら、こちらで薬の研究に使う。
うん、そんな有意義に使ってもらえたら奴も本望でしょうよ。
「フローリアンではあの植物は有害植物として、見つけ次第燃やされ駆除されていますが、この研究で薬が有益だと分かれば、そこの取引もできるようになるかもしれません」
フラスコの中の琥珀色の液体を光にかざして、嬉しそうにサフィールが語る。
「薬の方はどう?」
「まだ副作用の確認中なので何とも言えませんが、効果自体は素晴らしいと言えますね。この抽出液を飲ませた被検体は、数日食事を採ろうとせず、にもかかわらずとても元気に過ごしていたんです。健康状態は良好で、今のところ副作用も出ていません」
「数日の絶食で? な、ならこれを丸薬にでもすれば──」
「えぇ。強力な非常食になりえる、ということですね」
「!!」
これが興奮せずにいられようか。
そんな丸薬があれば、これから飢饉となり得るフローリアンを救う手立てになる……!!
「素晴らしいわ……!! その研究報告、私の方にも送ってもらえるかしら? もし丸薬として実用可能であれば、有事の際に使わせてもらいたい。それで、もし研究所が良かったら、できた薬の管理は国で行わせていただきたいの。一般に出回れば薬はたちまち国の物流を滞らせる毒にもなり得るから……。どう、かしら?」
そんな数日も食べなくていいような薬、一般に出回らせるわけにはいかない。
食費の節約とかで物流を止めてしまいかねないもの。
緊急事態用として国で管理し、有事の際にしかるべき場所への支援として使いたい。
私の提案に、サフィールは少しばかり驚いたように目をぱちぱちと瞬かせ、そしてすぐに表情をやわらげた。
「はい、もちろんです。国の管理下にあった方が要らぬ争いも防げますし、その方が我々も安心ですから。それに、あなたにでしたらお任せしても悪いようにはされないでしょう。きっと有意義な使い方をしてくださると信じています」
「サフィール……。ありがとう」
この信頼にこたえられるように、私も色々、しっかりやらなくちゃ。
「あら? こっちは?」
研究机の上に目をやると、鉢から存在を主張する幾重にも花弁が重なった綺麗な赤い花が視界に入りこんだ。
「あぁ、それは──」
サフィールがその花を手折って花びらを1枚千切った瞬間──。
「!? え、ちょっ!?」
彼の手のひらからつぅっと流れる一筋の真っ赤な液体。
何!?
あの花びら……凶器か何かなの!?
「大丈夫です。これは傷つければ少しの傷で大量の血液が出るという、血流花《けつりゅうか》。フローリアンの希少種の花で、輸血にも使われます。傷がつく際、最後に肌に触れたものの血液の型を認識して、その者の血液の型の血を流し続ける。このままでは不便なので、別の形で薬にできないか、今研究しているところなんですよ」
すごい……。
フローリアンの花って、こんなにいろんなものがあるのね。
外来種と混ざるのを危惧するのもわかる気がする。
それでもやっぱりもったいないわ。
こういう薬をきっかっけに、他国との交易を少しずつしていければいいのだけれど……。
------------------------- 第24部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
運命の人は──
【本文】
無事一週間の滞在を終え、早朝、フロウ王子はフローリアンへと帰国した。
一回目の時は図書室の一件で怪我を負って滞在が伸びたけれど、今回は違う。
次にお会いするのは一月後の私の誕生日パーティでになる。
去り際に「舞踏会でぜひダンスを」と早速誘いがかかってしまったけれど……うん、なんとかなる、はず。
そして私は今──。
「リザ王女様。今日もピー、ピーで、まるでピーのようで──」
これ、ピーピーしてるってことは求愛されてるのよね?
ごめん、全く内容が入ってこないわ。
求婚だけならなんとなくわかるから、ごめんなさい、で断ることができるのだけれど、こういう口説きが一番困る。
長々としているうえ何を言っているのかさっぱりわからない分、適当に返事をして婚約成立してたなんてことにでもなったら大事ですもの。
いつもは目配せでセイシスに頼むけれど、今は絶賛喧嘩中(こっちが一方的にだけど)。
あまり頼みたくは──。
「おや?」
「あら」
丁度いいところに爽やかイケメンカイン王子が通りかかって、視線がぶつかる。
するとカイン王子は、次に相手の侯爵令息を見てから、何かを感じ取ったようににっこりと笑うと、私の右手を自然な流れで採り、手の甲へと口づけた。
「!?」
「すみません、お待たせして。せっかくのあなたとの逢瀬なのに、遅れてしまいましたね。おや? こちらは他の婚約者候補の方、でしょうか?」
カイン王子がわざとらしく視線を目の前の男へ向けると、彼はびくりと肩を揺らし「こ、婚約者候補……?」とつぶやいた。
候補のことは大々的に知られているわけではないから、その反応は仕方がない。
まぁ、だからこそこうして求婚者が後を絶たないんだけど……。
「いいえ、カイン王子。こちら、べラム侯爵家のご令息ですの。少し世間話をしていただけですわ」
「そうでしたか。ではべラム公爵令息、リザ王女はこれから私と約束がありますので、失礼。行きましょう、王女」
爽やかな笑みを浮かべたまま、カイン王子はとったままの私の手を引くと、その場から私を連れ去った。
***
「──ありがとうございました、カイン王子。助かりました」
「いいえ、このくらい大したことではありませんよ。それに、大切なあなたが他の男に口説かれるのは、私もあまり面白くはありませんし」
「!?」
爽やかな顔して口説いてくるのやめてーっ!!
って……あれ? そう言えば──。
カイン王子や他の婚約者候補、それにレイゼル……1回目の夫達の言葉は自主規制されてない……!?
どういうこと?
まさか、この人たちが私の……運命の相手になり得るってこと?
確かに運命と言えば運命ではあるのだけれど……まずいわ。
このままじゃ相手は一回目の夫の誰かになってしまう……!!
これはもうピーでも我慢すべきなのか……。
「リザ王女?」
「は、はいっ!?」
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」
「だ、大丈夫ですわ。それよりカイン王子は今日はどうして?」
貿易関係の会議は、確か今日はなかったはず。
「ふふ。すみません。少しでもリザ王女の顔が見たくなって、来てしまいました」
「ぴゃっ!?」
衝撃すぎて変な声出た!!
「ごほんっ!!」
後方ではセイシスがわざとらしく咳払いして、カイン王子へとその鋭い視線を向ける。
「カイン王子、お約束無しの訪問は困ります。リザ王女も、暇ではないので」
何攻撃的な態度取ってんのこの人!?
ひやひやとする私をよそに、カイン王子がくすりと笑う。
「おやおやセイシス殿。リザ王女だって一人の女性ですよ? あまり過保護になられると、王女に嫌われてしまいますよ?」
バチバチと二人の間に火花が見えるのは気のせいだろうか。
言葉は棘だらけにも聞こえるし……。
もしかしてこの二人、とてつもなく仲が悪い?
「と、まぁ貴女に会いに来たのもあるんですが、実は研究所に用があって尋ねたのですよ。もちろん、陛下に許可を得て、ね」
「研究所に?」
「えぇ。貿易でお世話になる見返り、というわけではないのですが、我が国の技術をそちらにお授けしようとチームを派遣することになりまして、今日からチームの合流なんです」
そういえば今朝の朝食時にお父様がおっしゃっていたわね。
ノルンからの研究員が派遣されるって。
いろいろキャパオーバーで頭に入っていなかったわ。
「我が国は武術や毒についての研究が進んでいます。人を一時的に狂わせるものから、媚薬まで、ね」
「び……やく……」
思い出されるのはあの熱い熱とひどい身体の疼き。
思わず顔が熱くなって、気まずくなった私はわずかに視線を逸らす。
「あ……すみません。女性にこんな話を──」
「い、いえ。大丈夫です。……それより、私もその研究、興味があります。同行させていただいても?」
毒の類はまだまだわが国では研究が進んでいない。
一応先日の剣であの日の夕食の残飯と部屋にあった花は研究所で調べさせたものの、何も検出されることはなかったけれど、あれが無関係とも思えないのよね。
カイン王子の派遣してくださったチームの技術があれば、もしかしたら何かヒントになるようなものがあるかもしれない。
「えぇ、構いませんよ。では行きましょうか」
爽やかな笑みのまま私の手を引きエスコートを始めるカイン王子の自然な流れに、私は手を払うことも忘れたまま研究室まで大人しくエスコートされることになったのだった。