元稀代の悪役王女ですが、二度目の人生では私を殺した5人の夫とは関わらずに生き残りたいと思います
エピローグ
時は流れ、あっという間に過ぎた1年。
この1年、私はセイシスの溺愛に耐え抜いた。
ゆっくり慣れていけとか言っていたのは何だったのか、隙あらばおでこやらほっぺやら耳にキスしたり抱きしめたり、とにかくスキンシップの多いセイシスに翻弄されながらも、私は生き抜いた。
そして今日、青空澄み渡る暖かな陽気の中、私は──。
「セイシス・マクラーゲン。王女を支え未来の王配として共に歩み、妻としてリザ・テレシア・ラブリエラただ一人を愛し続けることを誓うか?」
「誓います」
真っ白い騎士の正装を着て、私を見つめながらセイシスが答えた。
「リザ・テレシア・ラブリエラ。セイシス・マクラーゲンを夫とし、ともに助け合い、未来の王女として国を導き、その生涯を終えるまで夫ただ一人を愛し続けると誓うか?」
「誓います」
私も同じように、視線はセイシスに向けたまま答える。
じっと見つめられ続けて思わず恥ずかしくなって目をそらしそうになるけれど、優しいまなざしからも『目をそらすなよトンデモ姫』と言っているような圧を感じるのだから、じっと見つめ返すほかない。
王族の重婚が認められているこの国では、誓いの言葉は今私たちが言ったものとは異なる。
だけれどセイシス以外と結婚するつもりのない私は、あらかじめ大司教に「ただ一人」という言葉をつけ足してもらったのだ。
一回目とは違う。
もう2度とない結婚式だ。
「では、誓いの口づけを」
大司教の言葉に、セイシスが私の両肩に触れ、真剣な顔で尋ねた。
「お預け期間は終わりだ。最後にもう一度だけ聞いてやる。後悔しないか? 俺と結婚して」
誓いの言葉に同意した後で何を聞いているのかこの男は。
それに、後悔ならば1回目で2回目分も経験し尽くしたのだ。
もうするような後悔は残っていない。
「馬鹿ね。するわけがないでしょう? あなたこそ後悔──、いえ……させないわ。後悔なんて。私と結婚してよかったって、最後に笑って死んでもらうくらいに、後悔なんてできないくらいに、たくさん幸せにしてやるんだから」
私のおおよそ女性側が言う言葉でもないような可愛げのない答えに、セイシスは驚きに目を見開いて数回瞬くと、それをくしゃりと崩し苦笑いを浮かべてから「降参だ」と言った。
「さすがうちのトンデモ姫だ。──わかったよ。俺も……後悔なんてさせないから。
そして二人微笑みあうと、待ちわびていたかというように深く、2つの熱が重なった。
***
燭台の明かりだけがぼんやりと灯った薄暗い部屋。
バスルームでピカピカに磨き上げられたうえ、オイルを塗りたくられ念入りにマッサージを受け、戦闘態勢に入った私は、今、一人ソファの上で膝を抱えている。
情けないと笑いたければ笑うがいい。
1回目の人生では複数の夫と快楽に溺れていた私だけれど、この2回目では清純派として生きてきた。
閨教育だって結局最後まで宰相を誤魔化しきってしまった私は、文字通り、穢れのない身体なのだ。
それに1回目から好きだった人との初夜。
緊張しないわけがない。
腹をくくりなさいリザ。
そう必死に自分を叱咤するも、硬くなった身体からは力が抜ける気配がない。
と、そんな私の感情など知るはずもなく、無情にも寝室の扉が静かに開かれた。
「入るぞ」
「入ってから声をかける意味って!?」
「細かいことを気にするな。今更だろ?」
確かに、普段から私が寝ていようと起きていようと構わず私室に入ってくるんだから、今更な気もするけれど、心の準備中に入ってこられると準備が完了できないから困る。
「結婚式、お疲れ」
「う、うん。セイシスも、お疲れ様」
「陛下、泣いてたな」
「大号泣だったわね」
「王妃様も潤んでた」
「他の貴族令嬢みたいに家を出るわけでもないのにね」
この城で生まれ、この城で育ち、この城を守って生きていく。
そんな変わりのない中で、今日変わった私たちの関係。
私はセイシスの妻に。
セイシスは私の夫に。
きっとこれからも少しずつ小さな変化をもたらしながらも、私は変わらずここにいるだろう。
「リザも泣いてたな?」
「え?」
「目、潤んでた」
私が、泣いてた?
だとしたらきっと無意識だわ。
全然気づかなかったもの。
「きっと安心したのね」
「安心?」
「生きて、大好きな人と結婚することができたから」
1回目でできなかったこと。
今生きていること自体が、私の奇跡だ。
来るはずのなかったかもしれない、幸せな未来。
「私、生きてるよね? ちゃんと、今を生きてるのよね?」
私のバカげた問いかけに、セイシスは笑って私の頭をそっと撫でた。
「当たり前だろ? ちゃんと生きてるし、これからもそうだよ。俺がお前をどんなことからも守るんだからな」
「私を守るために、死んだりしないでね?」
「え?」
思いのほか、1回目のあの映像はトラウマになっているようで、私はしがみつくようにセイシスの服をキュッとつかんだ。
かすかに震えるその腕にセイシスの大きな手が重なり、頭上からふっと漏れた笑い声。
「当たり前だ。人一倍寂しがりやな妻を残して死ぬわけないだろ?」
「でも──っ!?」
反論の言葉はセイシスの熱を帯びた唇によって塞がれ飲み込まれてしまう。
「っはぁっ……セイシ──」
「誓うよ。お前を守って死にはしないって。お前を守って、生きるから。お前も、俺を信じろ」
「セイシス……うん。もしかしたらまた不安になるかもしれない。でも、信じてる」
「安心しろ。信じ切ることができるまで、何回でも誓ってやるから。鬱陶しいくらいな。覚悟しろよ? 何せ、お前が他の男と結婚したとしても傍に居続けようとした男だ。しつこいくらいに耳元で愛を囁いてやるよ」
「お、お手柔らかにね?」
セイシスは加減を知らないから……。
「さて、と。場も和んだことだし──」
「ひゃぁっ!?」
突然お姫様抱っこで抱き上げられた私は、どさりとふかふかに整えられたベッドへと降ろされる。
目の前には私を悪い笑顔で見下ろす夫。
「お覚悟を、俺のトンデモ姫」
「~~~っ」
そして私は、初めてのセイシスのぬくもりを身体全部で受け止めた。
植えこまれた恐怖は簡単には消え去らない。
だけど、信じられる今があるから、私は何度不安になっても、きっと大丈夫だ。
きっと最後まで、ちゃんと歩んでいける。
二人で紡いでいく、最良の未来を──。