破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
アルト・ハイゼン
エーレンベルク家に、家庭教師のマイヤ夫人がやって来た。
ミヒャエルがどうしてもと頼み込んで連れてきたカリスマ家庭教師らしい。
チェーン付きの銀縁メガネをかけ、ダークブラウンの髪をきっちりとシニヨンにしてまとめ、首の詰まった濃紺のワンピースを着ている。
家庭教師の見本のような出で立ちだ。
マイヤ夫人の気難しそうで厳しそうな見た目にびびりまくってしまう。
しかしそれは思い過ごしだったのか、マイヤ夫人はとても穏やかな口調で自己紹介をしてにっこり微笑んでくれた。
「ドリスです。よろしくお願いします」
ホッとしながらぺこりと頭を下げると、マイヤ夫人がわずかに目を細めた。
「なっておりませんわね。伯爵家のご令嬢としてふさわしい自己紹介の練習から始めましょう」
口角は上がっているけれど目が笑っていない。
うわぁ、やっぱり怖いっ!
「す、すみませんっ!」
「伯爵令嬢たる者、むやみやたらと頭を下げ謝罪の言葉を口にしてはなりません」
ひ~~っ!
初日は自己紹介の練習だけで終わってしまった。
緊張感でヘトヘトになってしまったけれど、マイヤ夫人は厳しい一辺倒ではなかった。
どこがダメだったか、どこが良かったか、どうすればもっと良くなるかを根気強く繰り返し教えてくれたし、目は笑っていないけれど常に微笑みを絶やさずにいてくれた。
夕食の席で今日習った自己紹介とカーテシーを披露すると、ミヒャエルは大げさに褒めてくれた。
「どこへ出しても恥ずかしくない立派なレディだね」
紫紺の目を細めて、愛おしそうにこちらを見つめている。
恥ずかしさもあるけれど、褒められるのはやっぱり嬉しい。
ハルアカの悪役令嬢ドリスは、どこへ行ってもみんなに眉を顰められる厄介者だったが、わたしは謙虚で清楚な悪役令嬢になると決めているのだ。
今日はその大きな一歩を踏み出した日になるだろう。
「マイヤ夫人はどんな印象だった? 怖くはなかったか?」
「最初だけ少し怖かったけど、優しく教えてもらったから大丈夫だよ。ありがとうパパ」
改めてお礼を言うと、ミヒャエルは目を潤ませて甘く笑った。
ゲームの中では、ドリスの家庭教師に関することは彼女の生い立ちを説明するダイジェストで簡単に語られるのみだった。
おそらく最初の家庭教師は今回と同様にマイヤ夫人だったはずだ。
名前こそ出てこなかったが、回想ムービーに似たような出で立ちの女性が映っていた記憶ならある。
マイヤ夫人からは、子供の嘘泣きや脅し、買収になど屈しない芯の強さを感じる。
それでもハルアカのドリスは、自分の意のままに操れないと判断した時点でミヒャエルに泣きついたのだろう。
注意がヒステリックで怖くて縮こまってしまう、あの人が苦手……そんなことを言って嘘泣きすれば、ミヒャエルはマイヤ夫人の言い分に耳を傾けることなく即刻クビにしたにちがいない。
わたしは、ハルアカのドリスではない。だから今回はそんなことをしないと誓おう。
文字を書けるようになったことで思惑よりも早く「彼」に邂逅することになろうとは、この時のわたしは予想だにしていなかった。
ミヒャエルがどうしてもと頼み込んで連れてきたカリスマ家庭教師らしい。
チェーン付きの銀縁メガネをかけ、ダークブラウンの髪をきっちりとシニヨンにしてまとめ、首の詰まった濃紺のワンピースを着ている。
家庭教師の見本のような出で立ちだ。
マイヤ夫人の気難しそうで厳しそうな見た目にびびりまくってしまう。
しかしそれは思い過ごしだったのか、マイヤ夫人はとても穏やかな口調で自己紹介をしてにっこり微笑んでくれた。
「ドリスです。よろしくお願いします」
ホッとしながらぺこりと頭を下げると、マイヤ夫人がわずかに目を細めた。
「なっておりませんわね。伯爵家のご令嬢としてふさわしい自己紹介の練習から始めましょう」
口角は上がっているけれど目が笑っていない。
うわぁ、やっぱり怖いっ!
「す、すみませんっ!」
「伯爵令嬢たる者、むやみやたらと頭を下げ謝罪の言葉を口にしてはなりません」
ひ~~っ!
初日は自己紹介の練習だけで終わってしまった。
緊張感でヘトヘトになってしまったけれど、マイヤ夫人は厳しい一辺倒ではなかった。
どこがダメだったか、どこが良かったか、どうすればもっと良くなるかを根気強く繰り返し教えてくれたし、目は笑っていないけれど常に微笑みを絶やさずにいてくれた。
夕食の席で今日習った自己紹介とカーテシーを披露すると、ミヒャエルは大げさに褒めてくれた。
「どこへ出しても恥ずかしくない立派なレディだね」
紫紺の目を細めて、愛おしそうにこちらを見つめている。
恥ずかしさもあるけれど、褒められるのはやっぱり嬉しい。
ハルアカの悪役令嬢ドリスは、どこへ行ってもみんなに眉を顰められる厄介者だったが、わたしは謙虚で清楚な悪役令嬢になると決めているのだ。
今日はその大きな一歩を踏み出した日になるだろう。
「マイヤ夫人はどんな印象だった? 怖くはなかったか?」
「最初だけ少し怖かったけど、優しく教えてもらったから大丈夫だよ。ありがとうパパ」
改めてお礼を言うと、ミヒャエルは目を潤ませて甘く笑った。
ゲームの中では、ドリスの家庭教師に関することは彼女の生い立ちを説明するダイジェストで簡単に語られるのみだった。
おそらく最初の家庭教師は今回と同様にマイヤ夫人だったはずだ。
名前こそ出てこなかったが、回想ムービーに似たような出で立ちの女性が映っていた記憶ならある。
マイヤ夫人からは、子供の嘘泣きや脅し、買収になど屈しない芯の強さを感じる。
それでもハルアカのドリスは、自分の意のままに操れないと判断した時点でミヒャエルに泣きついたのだろう。
注意がヒステリックで怖くて縮こまってしまう、あの人が苦手……そんなことを言って嘘泣きすれば、ミヒャエルはマイヤ夫人の言い分に耳を傾けることなく即刻クビにしたにちがいない。
わたしは、ハルアカのドリスではない。だから今回はそんなことをしないと誓おう。
文字を書けるようになったことで思惑よりも早く「彼」に邂逅することになろうとは、この時のわたしは予想だにしていなかった。