破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
ドリスと3人のヒロイン(1)
「それでね、ドリスちゃん! 先生が『その庶民的な言葉遣いを直しなさい』って怒るの」
リリカが唇を尖らせている。
リリカは少々幼いところはあるけれど、どんな表情でもかわいい。
そう思いながら、うんうんと首肯した。
わたしの隣でカタリナがふんっと小馬鹿にしたように笑う。
「だから、そういうところですわ。ドリスさんのことを『ちゃん』付けするそのずうずうしさと馴れ馴れしさを咎められているのでしょう?」
「カタリナちゃんまでそんなこと言わないでよう」
「やめてちょうだい、その気持ち悪い呼び方!」
カタリナは寒気がしたのか自分の体を抱えるようにして両腕をさすっている。
しかし、カタリナになにを言われようともリリカはめげない。
「ほんとは嬉しいくせにっ」
「う、嬉しくなんてっ!……ありませんわ!」
ニヨニヨ笑うリリカと、プイっとそらした顔をほんのり赤く染めるカタリナ。
このふたりの掛け合いはいつもこんな調子だ。
ひとつのテーブルを囲んで昼食を摂りながら、わたしとアデルがそんなふたりを生温かく見守るというのが昼休みの定番の過ごし方となっている。
わたしたち4人が同じクラスになるのはハルアカのシナリオ通り。
しかしゲーム内では、悪役令嬢ドリスとその取り巻きはヒロインたちとは違うグループだった。
それがどうしたことだろう。
わたしとヒロイン3人、つまり悪役令嬢ドリスとヒロインが同じ仲良しグループを形成している。
入学式での「オスカーとの出会いイベント」を経て同じクラスであることが判明した時、リリカがはしゃぎながらわたしたちに声をかけてきた。
「わたしたち、蛾が取り持った運命の4人だね!」
その言葉に喜んでいたのはアデルだけで、わたしとカタリナは顔を引きつらせていた。
蛾がご縁だなんて、気味が悪すぎるわっ!
「……ちなみにわたしの背中にいた蛾って、どんな感じだったの?」
恐る恐る尋ねてみた。
「えーっと、茶色い羽の真ん中に大きな目があるみたいな模様でした!」
思わず絶句してしまう。
蛾と言いながら実は蝶にも匹敵するような綺麗な羽模様だったのだろうかと期待していたが、逆に不気味さが増しただけだった。
入学式での周囲の反応から察するに、ドリス・エーレンベルクはなにもしなくてもヘイトを集めてしまうようだ。
保護者の代わりにオスカーを連れてきたのは、ミヒャエルがギックリ腰になったからであって、麗しい従者を見せびらかしたかったわけではない。
押されて転んだのだって、わたしのほうが被害者だ。
にもかかわらず、嘲笑されたり悪意のこもった視線をぶつけられた。
つまりこの世界でドリス・エーレンベルクは、存在しているだけで嫌われ者になってしまうのだろう。
これもシナリ強制力なのかもしれない。
不思議なもので人というのは、悪いこと、悪い人間だと知りつつも「ワル」に惹かれてしまうところがある。
特にその悪者が金持ちで羽振りがよければ、打算的にそこへ群がる人間は大勢いる。
この貴族学校の中にも。
ハルアカの悪役令嬢ドリスは、そういった自分に声をかけたそうにしている生徒でしかも言いなりにできそうな生徒を見極め、自ら声をかけて取り巻きにしていた。
彼女は「お山の大将」だったのだ。
親友と呼べるような友人もおらず、最後までドリスの味方で居続けたご令嬢はひとりもいない。
だからわたしは貴族学校入学前に、そんな取り巻き連中や友人は必要ないと思っていた。
3年間の学生生活に続々と起こるであろうイベントや破滅フラグの回避で忙しいため、友人を作らず孤独のままでいようと決心していたのに。
実写のヒロインたちは、あまりにも魅力的だった。
おまけにそのヒロインたちと思いがけず仲良くなったことで、わたしの学校生活はとても楽しいものとなった。
カタリナがヒロインなのかと疑い、あれこれ鎌をかけるような質問をしたこともある。
もしかするとカタリナもわたし同様、プレーヤーから転生してこの世界に来たのではなかろうかと思ったからだ。
『さいはめルートが成立しなくて残念だったわね』
『ステータスはどの項目を強化中なの?』
『オスカーをよろしくね』
カタリナはその都度、ドリスさんたらなにをおっしゃっているのかしらとでも言いたげな、心底わからない様子で眉毛をピクピクさせていた。
カタリナは公爵令嬢らしい振る舞いが身についているため、感情を露骨に顔には出さない。
しかしハルアカでカタリナを主人公にプレイしたこともあるわたしは知っている。
カタリナは困惑した時に、無意識に眉毛がピクピクしてしまうのだ。
わたしの勝手な疑心暗鬼を経て、どうやら最初にカタリナへ抱いた憶測が間違っていたと早々に気づいた。
シナリオ強制力によりゲームと同じ言動をとることはあっても、おそらくこの中にわたしのような転生者――ゲームシナリオを知っている者はいない。
もしもシナリオを知っているのだとしたら、悪役令嬢であるはずのわたしとこんなにもフレンドリーに付き合うはずがない。
それすらも演技で、実は心の中で「シナリオと全然違うのはどうして!?」と戸惑いながらもそれを見せないのだとしたら、とんでもない詐欺師か大女優だ。
それはそれでおもしろい。
いつか種明かしをされて驚く日が来たら、潔く「騙された!」と笑ってみせようではないか。
リリカが唇を尖らせている。
リリカは少々幼いところはあるけれど、どんな表情でもかわいい。
そう思いながら、うんうんと首肯した。
わたしの隣でカタリナがふんっと小馬鹿にしたように笑う。
「だから、そういうところですわ。ドリスさんのことを『ちゃん』付けするそのずうずうしさと馴れ馴れしさを咎められているのでしょう?」
「カタリナちゃんまでそんなこと言わないでよう」
「やめてちょうだい、その気持ち悪い呼び方!」
カタリナは寒気がしたのか自分の体を抱えるようにして両腕をさすっている。
しかし、カタリナになにを言われようともリリカはめげない。
「ほんとは嬉しいくせにっ」
「う、嬉しくなんてっ!……ありませんわ!」
ニヨニヨ笑うリリカと、プイっとそらした顔をほんのり赤く染めるカタリナ。
このふたりの掛け合いはいつもこんな調子だ。
ひとつのテーブルを囲んで昼食を摂りながら、わたしとアデルがそんなふたりを生温かく見守るというのが昼休みの定番の過ごし方となっている。
わたしたち4人が同じクラスになるのはハルアカのシナリオ通り。
しかしゲーム内では、悪役令嬢ドリスとその取り巻きはヒロインたちとは違うグループだった。
それがどうしたことだろう。
わたしとヒロイン3人、つまり悪役令嬢ドリスとヒロインが同じ仲良しグループを形成している。
入学式での「オスカーとの出会いイベント」を経て同じクラスであることが判明した時、リリカがはしゃぎながらわたしたちに声をかけてきた。
「わたしたち、蛾が取り持った運命の4人だね!」
その言葉に喜んでいたのはアデルだけで、わたしとカタリナは顔を引きつらせていた。
蛾がご縁だなんて、気味が悪すぎるわっ!
「……ちなみにわたしの背中にいた蛾って、どんな感じだったの?」
恐る恐る尋ねてみた。
「えーっと、茶色い羽の真ん中に大きな目があるみたいな模様でした!」
思わず絶句してしまう。
蛾と言いながら実は蝶にも匹敵するような綺麗な羽模様だったのだろうかと期待していたが、逆に不気味さが増しただけだった。
入学式での周囲の反応から察するに、ドリス・エーレンベルクはなにもしなくてもヘイトを集めてしまうようだ。
保護者の代わりにオスカーを連れてきたのは、ミヒャエルがギックリ腰になったからであって、麗しい従者を見せびらかしたかったわけではない。
押されて転んだのだって、わたしのほうが被害者だ。
にもかかわらず、嘲笑されたり悪意のこもった視線をぶつけられた。
つまりこの世界でドリス・エーレンベルクは、存在しているだけで嫌われ者になってしまうのだろう。
これもシナリ強制力なのかもしれない。
不思議なもので人というのは、悪いこと、悪い人間だと知りつつも「ワル」に惹かれてしまうところがある。
特にその悪者が金持ちで羽振りがよければ、打算的にそこへ群がる人間は大勢いる。
この貴族学校の中にも。
ハルアカの悪役令嬢ドリスは、そういった自分に声をかけたそうにしている生徒でしかも言いなりにできそうな生徒を見極め、自ら声をかけて取り巻きにしていた。
彼女は「お山の大将」だったのだ。
親友と呼べるような友人もおらず、最後までドリスの味方で居続けたご令嬢はひとりもいない。
だからわたしは貴族学校入学前に、そんな取り巻き連中や友人は必要ないと思っていた。
3年間の学生生活に続々と起こるであろうイベントや破滅フラグの回避で忙しいため、友人を作らず孤独のままでいようと決心していたのに。
実写のヒロインたちは、あまりにも魅力的だった。
おまけにそのヒロインたちと思いがけず仲良くなったことで、わたしの学校生活はとても楽しいものとなった。
カタリナがヒロインなのかと疑い、あれこれ鎌をかけるような質問をしたこともある。
もしかするとカタリナもわたし同様、プレーヤーから転生してこの世界に来たのではなかろうかと思ったからだ。
『さいはめルートが成立しなくて残念だったわね』
『ステータスはどの項目を強化中なの?』
『オスカーをよろしくね』
カタリナはその都度、ドリスさんたらなにをおっしゃっているのかしらとでも言いたげな、心底わからない様子で眉毛をピクピクさせていた。
カタリナは公爵令嬢らしい振る舞いが身についているため、感情を露骨に顔には出さない。
しかしハルアカでカタリナを主人公にプレイしたこともあるわたしは知っている。
カタリナは困惑した時に、無意識に眉毛がピクピクしてしまうのだ。
わたしの勝手な疑心暗鬼を経て、どうやら最初にカタリナへ抱いた憶測が間違っていたと早々に気づいた。
シナリオ強制力によりゲームと同じ言動をとることはあっても、おそらくこの中にわたしのような転生者――ゲームシナリオを知っている者はいない。
もしもシナリオを知っているのだとしたら、悪役令嬢であるはずのわたしとこんなにもフレンドリーに付き合うはずがない。
それすらも演技で、実は心の中で「シナリオと全然違うのはどうして!?」と戸惑いながらもそれを見せないのだとしたら、とんでもない詐欺師か大女優だ。
それはそれでおもしろい。
いつか種明かしをされて驚く日が来たら、潔く「騙された!」と笑ってみせようではないか。