破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
貴族の人脈作りといえば社交界だが、わたしたちはまだデビュタントを迎えてはいない。
では16歳で入学する貴族学校が初めて社会性を身につける場なのかといえば、そうでもない。
一般的には親の交流を通して年齢の近い子供同士も親交を深めるようになり、気の合う者同士だと幼馴染のような関係にもなるのが普通だ。
だからこの年齢まで友人がひとりもいないのは、通常あり得ない。
例外は両親に大事にされすぎた深窓の箱入り令嬢か、ドリスのように幼い頃から性格が悪すぎてみんな逃げていってしまったかのどちらかだ。
ハルアカの「お茶会イベント」は、ドリスが無理やりヒロインたちを招待することで始まる。
目的は、オスカーを見せびらかすことだった。
その席でバランがうっかり漏らした「初めての友人」発言とリリカの空気の読めないひと言で、それまでの和やかな雰囲気が一変する。
ドリスはこれまで友人がいなかった理由を、体が弱くて屋敷にこもっていたからと説明したものの、気まずいまま解散することになる。
そしてドリスは、せっかくのお茶会を台無しにされたとミヒャエルに涙ながらに訴えてバランを解雇するように仕向けた。
たかが友人の人数ごときで……と思う者も多いだろう。
しかし悪役令嬢ドリスはプライドガ高く見栄っ張りであるため、リリカが自分のことを馬鹿にしたと受け取ったのだ。
しかしいまのわたしは違う。
おまけにヒロインたちのことも熟知している。
リリカは意地悪や嫌味でわざと言っているのではなく「そういうキャラ」なだけだ。
「そうなの。わたし小さい頃性格が悪くてね、誰もお友達になってくれなかったのよ!」
笑い話のように語る。
「そんなことはございません」
後ろからオスカーの声がした。
3人を出迎えた時のオスカーはバトラースーツを着ていた。
しかしいまは、洗いざらしのシャツとスボンという普段着だ。暴走寸前のミヒャエルを連れて行った後に着替えたのだろう。
主従関係ではなく、オスカー個人として参加してもらいたいと言いつけていたためだ。
しかもさすがは強制イベント。普段着なのにオスカーが無駄にキラキラ光って見える。
「私とドリスお嬢様は現在主従関係にありますが、幼い頃は親しい友人同士でした」
オスカーが微笑みながら近づいてくる。
そしてわたしの座る椅子の背もたれに手をかけると、こちらに向かってさらに甘く微笑んだ。
「そうだろう? ドリィ」
「……っ!」
ドキンと心臓が跳ねる。
ドリィ――そう、たしかに幼い頃一緒に遊んでいたオスカーはドリスのことをそう呼んでいた。
わたしが前世の記憶を思い出す前の、この体に染みついている記憶が呼び覚まされる。
切なくて温かい。
心の深い部分を優しく撫でられたような感覚に足の力が抜けそうになった。
こ、こんなことで絆されてなるものかっ!
己の心をどうにか奮い立たせて、オスカーを真っすぐに見つめ返した。
「あら、わたしにとっては友人ではなくて兄のような存在だったわ。オスカーお兄様」
背筋を伸ばし、すまし顔をしてかつての呼び名でお返しする。
なのに! それなのに!
オスカーは怯むどころか、テーブルに並ぶどのスイーツよりも甘ったるい表情を見せて笑う。
負けたような気になるのはどうしてだろうか。なんだかとても悔しい。
きっとこれもイベントのせいだ。
その証拠に、ヒロインたちは3人とも頬を赤く染めてオスカーを見つめている。
3人の様子を見てホッとして気持ちが落ち着いた。
オスカーはハルアカ唯一の攻略対象なのだ。だからキラキラエフェクトにドキッとさせられても、それは不可抗力というものだろう。
ゲームの悪役令嬢ドリスとは違い、わたしはオスカーが誰とくっつこうが嫉妬などしないし仲を引き裂く気もない。
オスカーとは婚約者ではなく、令嬢と執事という主従関係のまま。
ヒロインたちはとてもいい子たちで好印象だから、この3人の誰かと結ばれてくれればわたしはむしろハッピーだ。
よかったわね、オスカー。あなたモテモテよっ!
心の中でグっと親指を立てたのだった。