破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
「ドリィが嫌がっているだろ。早く帰れ」
 オスカーがわたしの肩に腕を回して引き寄せる。

「ちょっと! 僕が騎士団を代表してお見舞いに来てるってわかってる?」
 そう言ってアルトが小箱をこちらに差し出した。
「はい、これはドリスちゃんに。いま王都で評判のパティシエが作った焼き菓子だよ」

「……ありがとうございます」
 スイーツの誘惑に負けてあっさり受け取ってしまう。

「ミヒャエル様が心配な時にこんな朴念仁とずっと一緒にいたんじゃ、息が詰まってストレスがたまるよね。わかるよ」
 アルトがしたり顔をする。
「オスカーは見た目と違って中身はろくな男じゃないからね」

 それはあなたのことでしょ!

「僕でよければいつだって話を聞くからね」
 そうだ。
 アルトはこうやっていつもにっこり笑ってヒロインの悩みを聞き、それを解決してくれるキャラだ。
 じゃあその設定を利用させてもらおうじゃないの。

 スイーツの箱をオスカーに手渡してアルトに向き直る。
「アルトお兄様! 折り入ってご相談があります!」
 アルトの手を握る。

「「ええっ!?」」
 オスカーとアルトが同時に裏返り気味の声をあげる。
 オスカーはともかく、相談に乗ると言っておきながら驚いているアルトはなんなのか。

「相談に乗ってくださるのよね?」
「え……う、うん! もちろんだよ!」
 アルトがオスカーにチラチラ視線を向けながらも頷いてくれた。

「オスカーはパパの看病をよろしく。アルトお兄様とふたりっきりで話がしたいの」
 
 途端にオスカーが険しい顔でアルトを睨み、低い声で問いただす。
「どういうことだ」
「いや! 僕知らないから!」
 アルトが首をぶんぶん横に振っている。

 アルトが後でオスカーに絞め殺されようがどうなろうが、知ったこっちゃない。自業自得だ。
 ハルアカでは、アルトがヒロインから悩みを聞くシーンはいつも必ずふたりきりだった。
 だからオスカーを同席させないほうが上手くいきそうな気がする。
 それを説明できないだけに、とにかくアルトをここから連れ出すほかない。

「パパを起こしてしまうでしょう? ここでうるさくしないちょうだい」
 ピシャリと言い放つ。
「ああ、アルトお兄様、行きましょ」
 なにか言いたげなオスカーを心を鬼にして無視し、アルトの手を引いてミヒャエルの寝室から出た。

 誰にも聞かれたくない話だ。
 だから応接室ではなく、自室にアルトを引き入れた。
 
「ドリスちゃん……僕、生きて帰れるかな?」
「さあね、アルトお兄様次第だわ」
 にっこり笑ってみせる。

 ソファに座ると、オスカーが痺れを切らして乱入してこないうちに本題を出した。
「パパが本当にただの病気だとは思えないんです」
 アルトがスッと真面目な顔になった。
「というと、なにか心当たりでも?」
 声色も変わる。これが裏のアルトだ。

「それがわかれば苦労していないわ。ただ、なにか違う、なにかがおかしいって思っているだけ」
「それだけじゃなんともいえないな」
 あごに指をあててアルトが首を傾げる。

 侍医の説明では熱の出る風邪だとされているが、発熱以外の症状がないこと。高熱ではないにもかかわらず、ミヒャエルが妙にぐったりしていること。
 薬を飲んでも回復に向かっている様子がなく、その件に関して侍医も首を傾げていること。
 いま話せることを説明した。
 そして最後に付け加える。
「毒の可能性は低いと思っています」と。

「なるほど。病気でも毒でもなく、その症状でほかになにが考えられるか調べればいいんだね?」
「できますか?」
「ご期待にそえるかわからないけど調べてみるよ。ただし……」
 アルトが表の顔で人懐っこく笑う。
「ここから無事に脱出できればの話だけど」

 アルトと共に部屋を出ると、廊下を速足でこちらへ近づいてくるオスカーの姿があった。
「オスカー、パパのそばにいてって言ったでしょう?」
「ハンナにみてもらっている」

 なるほど。わたしがアルトを自室に引き入れたとハンナに聞いて、看病を交代してもらって慌てて駆けつけたってわけね。
「アルトお兄様に、ちょっとしたお願いをしただけよ」
「どうして俺に言ってくれないんだ」
 オスカーが拗ねている。

「いろいろ調べてもらわないといけないことなの。オスカーにはずっとわたしのそばにいてもらいたいから、お願いできなかったのよ」
 なだめるように言うと、少し機嫌を直してくれた。
「そうか。わかった」

「ほら、そういうところだよ。オスカーは愛が重いんだよなあ」
「もういいだろ。早く帰れ!」

 オスカーに追い立てられるように帰っていくアルトを見送った。
 ミヒャエルを襲っているものの正体を見つけてきてくれますようにと祈りながら。
 
 
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