破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
 事の発端は呪い返しの1週間後、オスカーの父親が金を無心してきたことだった。
 ミヒャエルはまだ病み上がりだったため、代わりにオスカーとわたしが応対した。
 
「カサンドラが死にかけているんだ! 金さえあればもっといい医者を呼べる。どうか頼む!」
 アッヘンバッハ男爵がオスカーに深々と頭を下げている。
 しかしオスカーは冷ややかな表情を崩さない。
 
「本当に病気か疑わしいですね」
「オスカー! 信じてくれ。本当なんだ! カサンドラが1週間前に突然倒れて、それっきり目を覚まさないんだ。医者はなんの病気かわからないと言うし、本当に困っているんだ」
 アッヘンバッハ男爵の表情は、嘘をついているようには見えない。
 
 1週間前? 原因不明の病気……。
 わたしとオスカーは顔を見合わせた。
 もしかして……!
 
 そして火急の要件であるとの伝令を神殿に送り、アッヘンバッハ家に向かった。

 カサンドラは美人だった面影もなく、ミイラのようにやせ細り土気色の肌を晒してベッドに横たわっていた。
 目と口は半開きで、すでに息があるのかどうかすらわからない。
 怖くなってオスカーの腕にしがみついた。
 
 アッヘンバッハ男爵によれば、1週間前の深夜にカサンドラの悲鳴が聞こえて駆けつけてみると壺のようなものを抱えて倒れていたという。
 壺にはヒビが入っていたようで、カサンドラの体を抱き起そうとした際に粉々に割れてしまったらしい。
 その後カサンドラは一度も目を覚ますことなく、みるみるこのような無残な姿になっていき今に至る。
 
 わたしたちより少し遅れて到着した神官は、1週間前にエーレンベルク家に来てくれた彼だった。
 入るなり神官服の袖口で口元を覆うほどの邪気が充満しているらしい。わたしたちにはまったくわからないけれど。

「壺はどちらに?」
 神官の問いにアッヘンバッハ男爵は戸惑いながら答えた。
「粉々に割れていたので、もう捨ててしまいましたが……」
 
 神官がため息をつく。
「お話と状況から察するに、エーレンベルク伯爵を呪っていたのはこの方に間違いないでしょう。これは呪い返しです」
「呪い返し!?」
 驚いているアッヘンバッハ男爵からは、カサンドラと共謀していた様子がうかがえない。
 もしも共犯なら彼も呪い返しを受けていたはずだ。

「かなり強い呪いだったと思われます。おそらく壺の中にエーレンベルク伯爵の髪を入れて、より強力にしていたのではないかと」
 神官の言葉にあることを思い出して、ひゅっと息を呑んだ。
 
 アッヘンバッハ男爵が、わたしとオスカーの婚約に際して挨拶をしに我が家を訪問してきた日のことだ。
 呼んでもいないのに同行してきたカサンドラは、ミヒャエルと挨拶を交わす時に妙に馴れ馴れしくボディタッチしていた。
 あれは媚びを売っていたのではなく、服についたミヒャエルの髪を手に入れようとしていたのかもしれない。

 ということは3カ月前のあの頃からすでにミヒャエルを呪う計画を立てていたことになる。
 神官がアッヘンバッハ男爵に壺の形状や色、入手経路を質問している声を聞きながら、なぜ彼女がミヒャエルを呪ったのかを考え続けた。

 ミヒャエルが亡くなれば、すぐにオスカーが爵位を継承していたはずだ。
 しかしオスカーはカサンドラを毛嫌いしている。さらなる援助は望めないはずなのに、なぜだろうか。
 もしや、わたしとオスカーのことも順番に呪い殺すつもりでいたんだろうか。そうすればエーレンベルク伯爵家の財産を横取りできた可能性がある。
 でもなんだか腑に落ちない。

「まったく! 最近巷では呪物ブームなのですか? 我々の仕事を増やさないでいただきたい!」
 神官の苛立つ声で現実に引き戻された。
「あなたがたはこの部屋に長くとどまらないほうがいい。ここは一旦封鎖して神殿から応援を呼びます」

「あの! カサンドラは……」
「あきらめてください。もう彼女のことは誰も救えません」
 冷ややかな神官の宣告に、アッヘンバッハ男爵が泣き崩れた。

 カサンドラはこの翌日に息を引き取った。
 アッヘンバッハ男爵の屋敷の浄化とカサンドラの弔いは秘密裏に行われ、その後カサンドラの死は病死とだけ発表された。

 オスカーの腹違いの弟はカサンドラの縁者に引き取られ、アッヘンバッハ男爵はさらなる調査という名目で神殿に連行されたようだ。
 神官に手を引かれるアッヘンバッハ男爵はただ茫然として、抜け殻のようになっていたという。
 それ以後、彼の姿を見た者はいない。
 
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