破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます

聖女の覚醒

 1年後。

 ミヒャエルとオスカーを両脇に従えたわたしは、意気揚々と貴族学校の門をくぐる。
 わたしと3人のヒロインは、今日めでたく卒業を迎えた。

 ハルアカでの卒業式では、ミヒャエルが病の床に伏していたためドリスの付き添いはオスカーだけだった。
 しかし今のわたしは違う。今日は元気なミヒャエルも一緒だ。

「ドリスちゃーん!」
 リリカが飛び跳ねるようにしてこちらに手を振っている。
 
 リリカが聖女として覚醒するのは、もう間もなくだろう。
 ハルアカではバルノ王国が王都に攻めてきたことが引き金だった。しかしルーン岬は引き続き厳重警戒を続けていて、今のところバルノ軍が攻めてくる兆しはない。
 リリカの感情を大きく揺さぶる出来事がきっかけになるはずだが、どんなイベントが起きるのか予測不可能だ。
 この世界は、ハルアカのシナリオとは大きく異なる方向へと進みはじめている。
 
 リリカの隣で笑うアデルは、騎士団の入団が決まっている。
 相変わらずツンデレのカタリナは、父親の領地経営と投資事業を手伝いながら花嫁修業をするらしい。

 そしてわたしは、オスカーとの結婚を控えている。

 3人のもとへ向かう途中で、講堂の横にひっそりと佇む人影が見えた。
 あの薄汚いローブは、さいはめルートで登場するNPCの商人かもしれない。
 どうしてまだいるんだろう?
 
 3人のヒロインと挨拶を交わすミヒャエルを置いて、オスカーの腕を引く。
「オスカー、ちょっと一緒に来てちょうだい」

 講堂の裏へと移動するローブ姿の人物を追いかける。
 やっぱりあの姿は怪しい商人に違いない。もしやまた呪いアイテムを売るつもりなんだろうか。
 
 角を曲がったところに商人が立っていた。3年前と同様フードを目深にかぶって。
「あなたは……」
 声をかけようとしたところで、後ろからミヒャエルが追いかけてきた。
「ドリィ、どうしてそんな所に?」
 
 ミヒャエルをチラリと見やってから商人のほうへ視線を戻した時、異変に気付いた。
 NPCであるはずの彼の口元が、にちゃあっと弧を描いていたのだ。
 
 ローブの隙間から銀色に光るものが見えて、咄嗟にオスカーの前へ出た。
 商人がそのまま突っ込んできて、その勢いでフードが外れる。
 
 嘘……この人は……!

「……っ!」
 ドスッ! という重たい衝撃が全身に走った。
 
「ドリィ!!」
 オスカーとミヒャエルの声が重なる。

 ミヒャエルが商人、いやローレン・ビギナーに飛び掛かって組み伏せる様子がスローモーションのように見えた。
 ゆっくり視線を落とすと、わたしのお腹にナイフが刺さっていた。
 痛い……。熱い……。
 ドレスがみるみるうちに赤黒く染まっていく。

 膝から崩れ落ちるわたしをオスカーが受け止めた。
「ドリィ、しっかりしろ」
 オスカーが泣きそうな顔をしている。

 大丈夫よ、心配しないでちょうだい。
 そう言いたいのに、体の力がどんどん抜けていってなにもできない。

 大事なことをずっと言っていなかった。
 恥ずかしくていまさら言えなかったのだ。オスカーは何度となく言ってくれたのに。
 だから力を振り絞って言った。
 
「オスカー。あなたを……愛しているわ」

「ドリィ! いやだ、ドリィ!」
 オスカーが叫んでいる。
 その声は聞こえるのにどうしてだろう。
 愛しいあなたの顔が霞んで……よく見えない――――。
 
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