破滅予定の悪役令嬢ですが、なぜか執事が溺愛してきます
◇◇◇
「ナイフの傷は致命傷ではありませんでした。ただ出血がかなり多かったようです。ドリスお嬢様が目を覚まされるか否かは、正直なんともいえません」
侍医が難しい顔で静かに告げ、ミヒャエルが沈痛な面持ちで頷くのを呆然と眺めることしかできない。
あれから1週間が過ぎた。
ドリスは色を失った白い顔のまま眠り続けている。
守ってやれなかった。逆に守られてしまった。
どうしてあの時、咄嗟にドリスを庇うことができなかったのだろうか。
あれからずっとそのことばかりを考えている。
「ドリィ」
痩せてしまった頬をなでる。
「昨日アルトが見舞いに来てくれた。ドリィのことを心配していたよ」
ローレン・ビギナーは観念したのか、騎士団の取り調べですべてを白状した。
最後に我々を狙ったのは、一矢報いたいとの思いがあったらしい。標的は我々3人のうち誰でもよかったようだ。
アルトが見舞いがてらその報告をしてくれたのが昨日のこと。
ローレンは、オジール王国転覆を企むバルノ王国の工作員のひとりだった。3年前に仲間の手引きで入国。
最初の仕事が貴族学校に忍び込んで、呪いアイテムを売ることだったらしい。
狙いは先の戦争で大活躍したミヒャエル・エーレンベルクの排除だった。ただしあからさまになにかをすれば、怪しまれてしまう。
呪いアイテムを買い求めた生徒がそれを自宅のどこかへ飾れば、じわじわゆっくりとミヒャエルかドリスに呪いがかかるはずだった。
しかし一向に呪いが発動した気配がない。
それもそのはず、呪いを受けるはずだったドリスが買い占めて、飾りもせずにクローゼットの奥にしまい込んでいたのだから。
誰に売ってもかまわないと言われていたローレンは、まさか対象者に売りつけたとは知らなかったらしい。
『怪しい商人から買った』
ドリスが何度も言っていたのは、真実だったのだ。
入学式でドリスがわざわざ講堂の裏手に行ったのが偶然だったのか、ほかの目的があったのかは本人に聞いてみないことにはわからないが。
一方で工作員たちは、ルーン岬のリゾート開発を隠れ蓑にオジール王国の貴族たちから金を巻き上げた。
ローレンが「敏腕投資家」を名乗り積極的に出資や増資を求めていた様子は、記憶に新しい。
ルーン岬リゾートは最初から短期間で破綻させ、バルノ王国の工作員たちの拠点とする計画だったのだ。
当然その裏に、オジール王国側にも協力者がいないことにはうまくいきっこない。
今後、ローレンの証言をもとに粛清がはじまるだろう。
ところがルーン岬占拠計画はうまくいかなかった。
買い手などつかないだろうと思われた倒産したリゾート地を、エーレンベルク伯爵家が即金で買い取ってしまったからだ。
正式な手続きにのっとった購入だったためバルノ側は指をくわえて見ているしかなく、おまけに厳重な警備が敷かれて近寄ることすらできない。
ミヒャエルの懐に飛び込んで破産させようにも、ガードが固くて近寄れない。
ミヒャエル・エーレンベルクは、バルノ王国にとって大きな脅威であると再認識された。
しかし実際は、ミヒャエルではなくすべてドリスの機転によるものだったのだ。
「ドリィ。きみは英雄の娘にふさわしい活躍を見せたね。この国を救ったんだよ」
ぬくもりはあるものの、脱力しきっているドリスの手を握って語りかけ続ける。
痺れを切らした工作員たちは、強い呪いでミヒャエルを殺す決心をする。
そこで、愚かで御しやすくミヒャエルに近づけそうな人物――カサンドラ・アッヘンバッハに白羽の矢が立った。
彼女はひとつだけ条件を出してきたという。
それがあの舞踏会での媚薬事件だ。
ミヒャエルが死ぬ前に俺とドリスの婚約を成立させておかないと、エーレンベルク家の財産を横取りできないと考えたらしい。
戦争が起きれば、俺が戦地で命を落とすと思われていたのだろう。舐められたものだ。
さらにはドリスまで殺すつもりだったに違いないと考えると、ゾッとする。
媚薬事件は未遂に終わったが、結果的に婚約は成立した。
カサンドラは内心小躍りしていたに違いない。そしてまんまとミヒャエルの髪まで入手した。
私欲のためなら人の命も国のことも軽んじる愚かな人間だったということだ。
「きみが俺との婚約を嫌がっていたのは、なにか予感がしていたんだね。気付いてやれなくてごめん」
カサンドラのことを愚かと言う資格などない。
俺だってドリスを早く独占したい欲望を貫き通したのだから。
ローレンの供述で、こちらに潜伏していた工作員たちも続々と捕まっている。
「ドリィ。もう心配いらないから早く戻ってきてくれないか」
細い指に唇を寄せた。
「ナイフの傷は致命傷ではありませんでした。ただ出血がかなり多かったようです。ドリスお嬢様が目を覚まされるか否かは、正直なんともいえません」
侍医が難しい顔で静かに告げ、ミヒャエルが沈痛な面持ちで頷くのを呆然と眺めることしかできない。
あれから1週間が過ぎた。
ドリスは色を失った白い顔のまま眠り続けている。
守ってやれなかった。逆に守られてしまった。
どうしてあの時、咄嗟にドリスを庇うことができなかったのだろうか。
あれからずっとそのことばかりを考えている。
「ドリィ」
痩せてしまった頬をなでる。
「昨日アルトが見舞いに来てくれた。ドリィのことを心配していたよ」
ローレン・ビギナーは観念したのか、騎士団の取り調べですべてを白状した。
最後に我々を狙ったのは、一矢報いたいとの思いがあったらしい。標的は我々3人のうち誰でもよかったようだ。
アルトが見舞いがてらその報告をしてくれたのが昨日のこと。
ローレンは、オジール王国転覆を企むバルノ王国の工作員のひとりだった。3年前に仲間の手引きで入国。
最初の仕事が貴族学校に忍び込んで、呪いアイテムを売ることだったらしい。
狙いは先の戦争で大活躍したミヒャエル・エーレンベルクの排除だった。ただしあからさまになにかをすれば、怪しまれてしまう。
呪いアイテムを買い求めた生徒がそれを自宅のどこかへ飾れば、じわじわゆっくりとミヒャエルかドリスに呪いがかかるはずだった。
しかし一向に呪いが発動した気配がない。
それもそのはず、呪いを受けるはずだったドリスが買い占めて、飾りもせずにクローゼットの奥にしまい込んでいたのだから。
誰に売ってもかまわないと言われていたローレンは、まさか対象者に売りつけたとは知らなかったらしい。
『怪しい商人から買った』
ドリスが何度も言っていたのは、真実だったのだ。
入学式でドリスがわざわざ講堂の裏手に行ったのが偶然だったのか、ほかの目的があったのかは本人に聞いてみないことにはわからないが。
一方で工作員たちは、ルーン岬のリゾート開発を隠れ蓑にオジール王国の貴族たちから金を巻き上げた。
ローレンが「敏腕投資家」を名乗り積極的に出資や増資を求めていた様子は、記憶に新しい。
ルーン岬リゾートは最初から短期間で破綻させ、バルノ王国の工作員たちの拠点とする計画だったのだ。
当然その裏に、オジール王国側にも協力者がいないことにはうまくいきっこない。
今後、ローレンの証言をもとに粛清がはじまるだろう。
ところがルーン岬占拠計画はうまくいかなかった。
買い手などつかないだろうと思われた倒産したリゾート地を、エーレンベルク伯爵家が即金で買い取ってしまったからだ。
正式な手続きにのっとった購入だったためバルノ側は指をくわえて見ているしかなく、おまけに厳重な警備が敷かれて近寄ることすらできない。
ミヒャエルの懐に飛び込んで破産させようにも、ガードが固くて近寄れない。
ミヒャエル・エーレンベルクは、バルノ王国にとって大きな脅威であると再認識された。
しかし実際は、ミヒャエルではなくすべてドリスの機転によるものだったのだ。
「ドリィ。きみは英雄の娘にふさわしい活躍を見せたね。この国を救ったんだよ」
ぬくもりはあるものの、脱力しきっているドリスの手を握って語りかけ続ける。
痺れを切らした工作員たちは、強い呪いでミヒャエルを殺す決心をする。
そこで、愚かで御しやすくミヒャエルに近づけそうな人物――カサンドラ・アッヘンバッハに白羽の矢が立った。
彼女はひとつだけ条件を出してきたという。
それがあの舞踏会での媚薬事件だ。
ミヒャエルが死ぬ前に俺とドリスの婚約を成立させておかないと、エーレンベルク家の財産を横取りできないと考えたらしい。
戦争が起きれば、俺が戦地で命を落とすと思われていたのだろう。舐められたものだ。
さらにはドリスまで殺すつもりだったに違いないと考えると、ゾッとする。
媚薬事件は未遂に終わったが、結果的に婚約は成立した。
カサンドラは内心小躍りしていたに違いない。そしてまんまとミヒャエルの髪まで入手した。
私欲のためなら人の命も国のことも軽んじる愚かな人間だったということだ。
「きみが俺との婚約を嫌がっていたのは、なにか予感がしていたんだね。気付いてやれなくてごめん」
カサンドラのことを愚かと言う資格などない。
俺だってドリスを早く独占したい欲望を貫き通したのだから。
ローレンの供述で、こちらに潜伏していた工作員たちも続々と捕まっている。
「ドリィ。もう心配いらないから早く戻ってきてくれないか」
細い指に唇を寄せた。