泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた
2話
約束の一週間は、瞬く間に過ぎた。
借金の返済のことばかりが気になってしまい、仕事に身が入らなかったため、この一週間店を閉めていた。
休業の札を掲げた店内で待っていると、先日の男がやって来た。
「どうするか決めたか?」
店に入るなり、男は相変わらず高圧的な態度で尋ねてくる。
私は目の前のヤクザに委縮しながら、意を決して返事をした。
「……お店を、売ります」
この一週間、じっくり考えてみた。
借金のことを聞かされた時はパニックになり、勢いで身体を売ると言ってしまった。
しかし、冷静に考えてみれば、店を手放すことよりも、私が風俗店で働くほうが両親はきっと悲しむだろう。
「賢明な判断だな」
男は一瞬安堵したような表情を浮かべ、脇に抱えているクラッチバッグからクリアファイルを一つ取り出した。
そして、ファイルから何やら書類を引っ張り出して、カウンターの上に置いた。
それは店の売却に関する契約書だった。
「これにサインしろ。諸々の手続きはこっちでやっておく」
男はそう言って、胸ポケットから万年筆を取り出して契約書のそばに置く。
私は男の言った通りに契約書へ記入し、それが終わると男は奪い取るようにすぐさま契約書をバッグに仕舞った。
「……りん、ちゃん?」
私が恐る恐る尋ねると、男は視線を下げて押し黙った。
「ねえ、あなた、凛ちゃんだよね?同じ小学校に通ってた……」
私がそう言うと、男は大きくため息をついて、ばつが悪そうに襟足を掻いた。
やはり目の前の男は、凛ちゃんで間違いないようだ。
「やっと気づいたか」
凛ちゃんは顔を上げて私のほうを見ると、そう言って口をへの字に曲げる。
「やっと、って……、だってもう最後に会った時から十六年も経ってるし、それに……」
「それに、変わり果てちまったなぁ、って?」
凛ちゃんは自嘲気味にニヤッと笑った。
「……そ、そうじゃなくって、見違えたなぁって」
私は慌てて取り繕った。
確かに私の記憶の中にいる凛ちゃんは、小さくて気弱で可愛らしい男の子だ。
目の前にいる高圧的に相手を見下す大柄なヤクザとは、どうしても同一人物とは思えない。
「ふん、物は言いようだな」
凛ちゃんは鼻で笑う。
――僕、大人になったら、お医者さんになりたいな。
私はふと、子供の頃に凛ちゃんが語っていた将来の夢を思い出した。
「病気で苦しんでいる人を助けたい」という心優しい凛ちゃんらしい夢だった。
――凛ちゃんなら、きっとなれるよ!
ヤクザになっちゃったなぁ……。
そう考えると、確かに変わり果ててしまったのかもしれない。
「反田組って暴力団でしょ?どうしてヤクザなんか……」
「……まあ、成り行きってやつだ」
凛ちゃんは分かりやすくはぐらかす。
すると、凛ちゃんは私の顔をジッと見つめてきた。
「お前は何にも変わってないな」
凛ちゃんは、いつの間にか人のことを「お前」と言うようになっていた。
「えー、嘘ぉ、そんなことないでしょ」
からかわれているのだと思った私は、苦笑いをしながらそう返した。
すると、凛ちゃんはどこか悲しそうな表情で視線を逸らした。
もしかして、凛ちゃんは今の言葉を真面目に言っていたのだろうか。
「そういやお前、これからどうする気だ?」
「これから?」
「仕事だよ。店なくなったんだから、新しい職場探す必要があるだろ。どっか当てはあるのか?」
「いや、まだ、これから探すところだけど……」
正直、借金をどう返済するのかばかりに気を取られてしまい、これからどうやって生活するのか決めていなかった。
「……じゃあ、次の仕事場が見つかるまでの間、バイト先でも紹介してやろうか?まあ、お前にはガキの頃の借りもあるからな。知り合いの店なんだが――」
私は凛ちゃんの「店」という単語に思わず身構える。それに気づいた凛ちゃんは「そんな如何わしい店じゃねぇよ」と鼻で笑った。
「タトゥースタジオだよ。そこで雑用をやってほしいんだ」
借金の返済のことばかりが気になってしまい、仕事に身が入らなかったため、この一週間店を閉めていた。
休業の札を掲げた店内で待っていると、先日の男がやって来た。
「どうするか決めたか?」
店に入るなり、男は相変わらず高圧的な態度で尋ねてくる。
私は目の前のヤクザに委縮しながら、意を決して返事をした。
「……お店を、売ります」
この一週間、じっくり考えてみた。
借金のことを聞かされた時はパニックになり、勢いで身体を売ると言ってしまった。
しかし、冷静に考えてみれば、店を手放すことよりも、私が風俗店で働くほうが両親はきっと悲しむだろう。
「賢明な判断だな」
男は一瞬安堵したような表情を浮かべ、脇に抱えているクラッチバッグからクリアファイルを一つ取り出した。
そして、ファイルから何やら書類を引っ張り出して、カウンターの上に置いた。
それは店の売却に関する契約書だった。
「これにサインしろ。諸々の手続きはこっちでやっておく」
男はそう言って、胸ポケットから万年筆を取り出して契約書のそばに置く。
私は男の言った通りに契約書へ記入し、それが終わると男は奪い取るようにすぐさま契約書をバッグに仕舞った。
「……りん、ちゃん?」
私が恐る恐る尋ねると、男は視線を下げて押し黙った。
「ねえ、あなた、凛ちゃんだよね?同じ小学校に通ってた……」
私がそう言うと、男は大きくため息をついて、ばつが悪そうに襟足を掻いた。
やはり目の前の男は、凛ちゃんで間違いないようだ。
「やっと気づいたか」
凛ちゃんは顔を上げて私のほうを見ると、そう言って口をへの字に曲げる。
「やっと、って……、だってもう最後に会った時から十六年も経ってるし、それに……」
「それに、変わり果てちまったなぁ、って?」
凛ちゃんは自嘲気味にニヤッと笑った。
「……そ、そうじゃなくって、見違えたなぁって」
私は慌てて取り繕った。
確かに私の記憶の中にいる凛ちゃんは、小さくて気弱で可愛らしい男の子だ。
目の前にいる高圧的に相手を見下す大柄なヤクザとは、どうしても同一人物とは思えない。
「ふん、物は言いようだな」
凛ちゃんは鼻で笑う。
――僕、大人になったら、お医者さんになりたいな。
私はふと、子供の頃に凛ちゃんが語っていた将来の夢を思い出した。
「病気で苦しんでいる人を助けたい」という心優しい凛ちゃんらしい夢だった。
――凛ちゃんなら、きっとなれるよ!
ヤクザになっちゃったなぁ……。
そう考えると、確かに変わり果ててしまったのかもしれない。
「反田組って暴力団でしょ?どうしてヤクザなんか……」
「……まあ、成り行きってやつだ」
凛ちゃんは分かりやすくはぐらかす。
すると、凛ちゃんは私の顔をジッと見つめてきた。
「お前は何にも変わってないな」
凛ちゃんは、いつの間にか人のことを「お前」と言うようになっていた。
「えー、嘘ぉ、そんなことないでしょ」
からかわれているのだと思った私は、苦笑いをしながらそう返した。
すると、凛ちゃんはどこか悲しそうな表情で視線を逸らした。
もしかして、凛ちゃんは今の言葉を真面目に言っていたのだろうか。
「そういやお前、これからどうする気だ?」
「これから?」
「仕事だよ。店なくなったんだから、新しい職場探す必要があるだろ。どっか当てはあるのか?」
「いや、まだ、これから探すところだけど……」
正直、借金をどう返済するのかばかりに気を取られてしまい、これからどうやって生活するのか決めていなかった。
「……じゃあ、次の仕事場が見つかるまでの間、バイト先でも紹介してやろうか?まあ、お前にはガキの頃の借りもあるからな。知り合いの店なんだが――」
私は凛ちゃんの「店」という単語に思わず身構える。それに気づいた凛ちゃんは「そんな如何わしい店じゃねぇよ」と鼻で笑った。
「タトゥースタジオだよ。そこで雑用をやってほしいんだ」