イケメンカリスマ美容師の沼は思った以上に深そうです
「じゃあ、それでお願いします」
「オッケー。カラー剤を作るからちょっとだけ待ってね」

 快永さんの背後から女性がスッと現れた。この店のスタッフで彼に付いている助手なのだろう。
 彼女は先月訪れたときにもいて、彼から指示を受けて迅速に動いていた。
 今も快永さんがまるで暗号のように口頭で羅列していく数字を、彼女は素早くメモに書いてカラー剤を作りに行った。

 スタイルがよく、ショートボブの長さで髪色がハイトーンのピンク。小顔でかわいらしい女性だ。
 快永さんの隣にいるのにふさわしい人だと認めてしまうくらい全体的にオシャレで、自分とは完全に正反対だと思い知らされる。
 私がいくら美容のことを勉強しても所詮は素人。どうがんばっても地味子からは抜け出せない。
 それは自分でも重々承知しているけれど、少しでも彼に近づきたくて仕方ない。

「失礼します」と低い声で囁かれ、身体にブラウン色のケープが掛けられた。
 ビニールのイヤーキャップを被せるとき、彼の指が耳に当たるだけで意識して顔がほてりそうになる。
 腕まくりをした濃青のシャツから覗く腕がたくましくてカッコいい。浮いた血管がセクシーでずいぶんと筋肉質だ。
 忙しい中でも時間を作ってジムで鍛えているのだろうか。そんなこと、気になっても聞く勇気は私にはないけれど。

「昼間はけっこう暖かくなってきたよね。もうすぐ春本番かな」
「そうですね。春っていい季節ですよね」

 会話を終えたあとも、黒のニトリル手袋を装着する快永さんの姿を鏡越しにぼうっと盗み見た。
 かすかに上下に動く喉仏がすごく色っぽくて、一度でいいから触れてみたいと不埒な想像をしてしまった。
 ハイトーンピンクの女性が戻ってきて置いたカラー剤を、彼が混ぜつつ出来を確認したところで我に返って視線を逸らす。
 
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