ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!

煽動

 ミニバンの中は、高級ソファをそのまま持ってきたようなフルリクライニングシートだった。運転席との境界についたカーテンを勢いよく閉めた隆介は、手を繋いだまま三列目へと移動した。

 中央のアームレストを跳ね上げて奥側へ腰掛けると、雫を膝の上に乗せる。バッグはそのまま足元へ落とし、雫をぬいぐるみや抱き枕のように全身で抱きしめてきた。怒涛の展開すぎて、まだ現実かどうかもいまいち理解できない。雫はその流れを一度止めようと、隆介の目元を隠してストップと声をかけた。

「……やめるの?」
「やめるんじゃなくて、話!聞いてください」
「それ、今じゃなきゃ駄目?」
「今じゃなきゃ駄目ですっ」
「急ぎ?」
「急ぎですっ」

 だから聞いてとお願いすると、服の中へ伸ばしていた手をしずしずと下げ、どうぞと言いながらもゆっくりと太ももを撫で回す。

「……んっ!もう……っ、こらっ」
「雫が俺に怒るの、新鮮だな」
「も、駄目だって……言ってる、のに……んっ」
「早く話して?聞いてあげるから」

 余裕無さそうな汗で額を光らせているのに、表情だけは余裕そうな顔。急かしながらも、彼は雫のお尻まで撫でる手を止めたりはしない。ムニムニとつまんだり、優しく撫であげたり、その質感を指先で楽しんでいる。

「飛行機、今日21時だから……そろそろ向かわない、と、間に合わなくて……っ」
「まだ帰るつもりだったの?俺はもう離れてられないって言ったのに」
「だって飛行機取りましたし……」
「そんなのこっちでキャンセルしたに決まってるでしょ」

 もういい?といった様子の隆介は、雫のシャツのボタンをプチプチとはずして、胸元に顔を近づけた。その口付けはちりりと焼けるように痛み、腰から湧き上がる急激な快感を呼ぶ。人から与えられて全身が熱くなるその感覚は、1年ぶり。くらりとしてしまいそうで彼のコートの肩を掴むと、隆介は更にもうひとつ、ひとつ、とたくさんの印を雫へ付けていく。

「んっ……ひぁ……っ!」
「はぁ。かわいすぎ」

 ひさしぶりの直接的な快感に身体を反らせてしまう雫の腰を抱きながら、隆介はその柔肌を貪る。するりとホックを外された身体は、外気に触れて小さく鳥肌を立たせた。

 その鳥肌が快感のせいだと受け取った隆介は、雫を支えながらニヤリと笑って、ほんのり色付いた果実の先端を前歯で摘んだ。その先端を、カリカリとほんの少し左右に動かすだけで、雫が甘い蜜を垂らすことを、隆介は知っている。

「っ………きゃ、あん!」

 長らく求めていたはずの刺激に、高い嬌声が溢れる。突き刺すような痛みの奥に、何かがとろりと溶けだしたような感覚がある。少し涙ぐんだ目で彼を見つめると、野獣のようにギラついた目をしている。

「ごめん。誰にも聞かせたくないからキスしていい?」

 了承を告げる暇もなく、後頭部に伸びた手が雫を隆介の方へ引き寄せる。はじめから入ってきた隆介の舌先が、雫と絡み合う。上顎や歯列を舐められるたびに雫の子宮はきゅんとして、腹部に熱を溜め込む。

「……ん…………んぅ……ん……っ」

 すべすべとした肌に、少し硬い彼の指先が擦れるたび、ぴりりとした快感が生まれる。そこに雫がいることを確かめ続けるような、肌に指を押し込む触れ方は、雫の新たな性感帯を目覚めさせそうだ。

 大きな手が上半身を撫で尽くしたところで、「そろそろです」という運転手の声が聞こえる。隆介は軽ため息をつくと、雫のシャツのボタンを止め、身支度をさせてくれた。

 とはいえ車内であまりに蕩けすぎたふたりは、服を整えながらも、何度も互いに目を細めては、見つめ合ってしまう。運転手はそれを見越してか、ふたりがまた軽いキスをはじめたところで、少しきつめのブレーキをかけて止まった。

 自動のスライドドアが開く。髪をきっちりとまとめたドアマンが、外で待ち構えていた。おかえりなさいませと声をかけられた隆介はサングラスをかけて先に降り、雫の手を取って建物へと足を進めた。

 マスクもつけず、手を繋いだまま。そのままレセプションの前を超えてエレベーターへと乗り込み、最上階へのボタンを押す。雫には最早心配事ばかりで、思わず隆介の顔を覗き込んだ。

「こんな事して、大丈夫なんですか……?」
「こんな事?」
「会場でキスしたり、ハイヤー乗り付けたり、私とホテルまで来て、それで……」
「これから雫を滅茶苦茶に抱く事?」

 雫があえて濁した言葉を、隆介は隠さない。むしろこの事実を口に出したくて堪らないようだった。

 誰も乗っていないエレベーターなど、すでにふたりには密室でしかない。空いている手でサングラスを外し、雫の唇にもう何度目かもわからない口付けをする。朝塗ってきたお気に入りのリップは取れていて、鏡面のドアには彼に蕩けさせられていますという顔の女が1人写っているだけ。顔を赤らめながら頷くと、隆介はまた思い切り雫を抱きしめて、肩口に顔を埋めた。

「雫の甘い匂いで、頭おかしくなりそう」

 ペロリと首の付け根を舐められたところでエレベーターは指定階に止まって、ドアが開いた。悔しげに先を行く隆介の後ろについて、葡萄色のふかふかとしたカーペットの上を歩くと、ヒールの先が床へゆっくり沈んだ。

 カードキーを使いドアを開けた家主は、ドアを押さえながら、恋人が部屋に入ってくるのを1歩先で見つめている。このドアの先に入ったら、もう戻れないと予期させるような……熱っぽい視線が雫を捉えて離さない。

 もうどうせ、彼からは逃げられない。こちらもそのつもりで着いていこうと決意して、足を踏み入れた。待ち構えていた隆介は、バゲージラックもハンガーも無視して雫を抱き上げ、左手の大きなベッドへ投げた。コートをソファの背もたれへ掛け、ジャケットもニットも地面へ落としていく。

「雫……」
「はい、隆介さん」
「もっと」
「隆介さんっ」
「雫……雫が俺を選んでくれて、嬉しい」
「たくさん待たせてしまって、ごめんなさい」
「いいよ、こうやって帰ってきてくれたから」

 前に見た時よりも引き締まった身体にこれから抱かれるのだと思うと、鼓動が早くなる。狼のように雫に近付く彼もまた、雫と同じように荒い息遣いをしている。もう2度もお預けされた雫の体は、早く触れられたいと全身を赤くした。

「抱かれたことでも思い出してた?」
「そ、そんなことはないです!……けど」
「けど?」
「もう、お預けしないで……もっと触れてほしい、です」

 精一杯のおねだりをして彼に手を伸ばすと、隆介はかわいすぎると何度も呟きながら、雫の足先から中心へ向けて、ゆっくりと撫で上げた。全身で期待して待っていたその刺激で、雫の体はヒクヒクと震える。

 離れていた期間中、彼に触れられた場所に自分で触れてみても、全然再現にはならなくて。熱いシャワーを浴びて無理やり煩悩を消そうしとしたことも、1回や2回ではない。

「優しくしてあげたいのに、何でそんな煽るかな」
「煽ってなんか……っ」

 ギラリと獲物を捉える様な瞳で雫を見つめた隆介は、その小さな右手をとって手を繋ぎ、手の甲に熱い口付けを落とした。

「謝罪は明日、たっぷりするから」

 独占欲に満ち溢れた低い声が雫をときめかせる。小さなキスを重ねて、隆介の唇は雫の指先へ移動した。人差し指の先をペロリと舐められると、感じたことのない甘さが雫を襲う。

「っあ……!」
「ここも、気持ちいいんだ?」

 嬉しそうな隆介はそのまま人差し指に歯を立てた。ピリリとした刺激の先にくすぐったさがある。チロチロとした先で弄ばれたり、ねっとりと舐め上げられたりするたび、雫は呼吸を早めた。

 濡れた指先に隆介の指先が絡まる。ぬるりとした艶が夜景に光って甘美な輝きを放っている。ただ指先を合わせただけなのに、この人はどうしてこうも圧倒的な色香を感じさせるのだろう。

 この人から与えられる最高の絶頂を何度も味わっているせいで、キスも愛撫も……名前ですら、全てがトリガーになっている。隆介の圧倒的な愛で愛されたい。ガチガチになったその雄々しさで敏感な肉壁を擦り上げられ、激しく突いて欲しい。

「もの欲しそうな顔して……たまんないな。俺に欲情してるの?」
「やっ……そんなことっ」

 直接指摘されるとたまらず、否定してしまう。けれど雫の下腹部は確実にきゅうっと疼いた。

 器用な彼の手によってプチプチとシャツを脱がされる。この1年、祖母の手料理が美味しくて若干丸くなってしまったのが恥ずかしい。こんなことならちゃんと摂生しておくべきだった。ジャケットもシャツも着たままで中央を暴かれると、薄桃色の谷間がぷるんと現れた。それは全身を見つめられるときよりも破廉恥で、雫の羞恥心を一層煽る。

「ちょっと太ったから……あんまりまじまじ見ないでくださいっ」
「え、見る。見せて」

 胸元を隠そうとする雫の両腕なんて、隆介の力には勝てるはずもない。わかっているからこそあまり力を入れずに隠していたのに、抵抗する気ないじゃんと笑われた。隆介は敢えて歯を立てるようにして谷間に齧りつく。隆介の整った歯形が赤く刻まれるたび、雫はその痛みに似た快感を背筋を震わせながら感じた。

「雫がかわいすぎて壊しそう、怖いな」

 自分に馬乗りになったまま髪を抱えて深呼吸する隆介を、下から眺める。少しやつれたような、印象もあるけれど、相変わらず美しい輪郭は健在で、どの角度から見ても格好いい。

 そういえばちゃんと言っていなかったな、と思い出して、こちらに目線をくれとばかりに声をかけた。
 
「隆介さん」
「ん?」
「……大好きです」

 なんだか無性に抱きつきたくて隆介の方へ両手を伸ばすと、彼は好物を見つけた大型犬のように飛びついて雫を抱きしめた。整髪料の爽やかさ、それに彼の香水とタバコ。互いの体臭も混ざりあった、唯一無二の香り。彼のウェーブした髪が顔に当たってくすぐったいけれど、それでもこの腕の中にいる時が一番安心する。

「俺も、大好きだよ」
「ふふ……っ嬉しい」

 耳へ、首へ、頬へ、惜しみない愛情を込めたキスが降り注ぐ。齧るような、舐めるような、いやらしくて……大好きなキス。初めての晩から、雫の体は隆介の手によってすっかり作り替えられてしまった。たった1年会わないくらいでは、この体は快感の回路を忘れなかったらしい。

「もう無理、限界」
「えっ」
 
 ここまで来ると、もはやスカートはただの薄布でしかない。ベッドの上で両足の間に男性が挟まれば、存在価値などほぼ皆無。少し足の間を広げさせられただけで、それはもうベルトの様に細く縮まり、ストッキングとその下の薄桃色の下着が顕になってしまっていた。
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