ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
番外編:近衛雪花の悩み
「ねえママ、なんで私の名前って5月生まれのなのに雪花なの?」
「話したことなかったっけ?」
「聞いたことない! 教えて」
小学校の課題で出されたらしく、手元には真っ白な作文用紙が2枚。直接書くんじゃなくて、ノートに書いてその感想を書くんだよというと渋々ノートを出した。
「ママとパパの出会いは、オーストリアなの」
「オーストラリアじゃなくて、オーストリア?」
「そう。ドレミの歌ってあるでしょ。あの映画の撮影地へ旅行に行ったときに、パパに出会ったの」
ノートにドレミの歌、と書き記したのを見て、「サウンドオブミュージック」っていう映画よ、と伝える。雪花はまだお世辞にも綺麗だとは言えないけれど、ギリギリ読める字で、その映画のタイトルを書いた。
「ママね、旅行先でスマホを湖に落として水没したの」
「え。それやばいね」
信じられない、と引いたような顔でこちらを見つめる雪花。
「どこにも連絡が取れなくて、本当に困っちゃってた時に、たまたま旅行へ来てたパパにスマホを借りたのが最初のきっかけ」
「えー! すっごい! 運命みたい!」
「でもね、その後仲良くなって一緒に旅行して回ったんだけど、パパは先に帰っちゃったの」
「え! 運命みたいだったのに?」
さらに信じられない!という顔で、雪花はリビングで弟と一緒に寝ている隆介を見た。
「ねぇママ、パパって昔はもっとかっこよかったの?」
「今だってかっこよくない?」
「えーでも髭もじゃだし……」
「ふふふ。5歳の頃は『パパと内緒で結婚するの』って言ってたのになぁ。パパかわいそう」
「かわいそうじゃないもん。パパはママがいるからいいじゃん!それより続き!」
教えて教えて、と身を乗り出してこちらに話を聞いてくる。しっかり興味を引けたみたい。
「その時ママは渋谷で働いてて、その近くの展示会へ遊びに行ったら、パパが撮った写真が飾ってあってね」
リビングに飾られた一際大きなシルエット写真"Muse"を指さすと、あれは私も好き!と教えてくれた。
「パパが近くにいるんじゃないかな〜って、探したらすぐ見つかったの。それで運良く再会して、お付き合いすることになって」
「パパから告白したの? ママから?」
「パパが、『手放すはずないだろ』って」
キャアキャアと喋ってると、後ろからのそのそと歩いてくる黒い影を感じる。振り返ってみると、ニヤニヤした隆介がこちらへやってきて、雫を後ろから抱きしめた。
「その話はね、違うよ、雪花」
「えっ違うの?!」
「ママが、『好きで好きで仕方ないのになんで置いてったの〜』って大泣きしたから、だよ」
「えぇぇ……」
雪花はだいぶ話が違うじゃないという顔で両親の顔を何度も見比べる。
「隆介さんっ!それはあなたがそうやって言っているように見えるって言ってたって話で……」
「ママ、いいよ、もう。ふたりでイチャイチャしないで」
はいはい、というジトッとした目でコチラを見て、雪花はママがパパにラブだったとノートに書いた。
「まぁ大好きだったのはそうだけど……」
「しかもママ、パパのこと置いて出て行ったこともある。しかも1年も」
「え! パパが置いてくんじゃなくて、ママが置いてったの? ママやば……」
「ちょっと! 隆介さん、言い方!」
後ろから抱きしめている隆介は腕の力を緩めることなく、しっかりと雫を抱きしめている。愛おしいものに顔を擦り付ける癖は変わっていなくて、短くなった雫の髪に顔を擦り付けては、溺愛エピソードを娘に話し続けた。
「ふふふ。でもパパはそれが悔しかったから、長崎のばぁばに電話して、ママのこと呼び出したの」
「出てった人を呼び出すって、パパもなかなかやばいね」
「でもママはちゃんと来てくれたからね」
「……パパが長崎のばぁばと結託して騙してたの」
長崎のばぁばは今でも元気で、時々東京へ遊びに来てはひ孫たちと一緒に買い物したり、カラオケへ行ったり、全力で今を楽しんでいる。
「じゃあそれでパパがプロポーズしたの?」
「そう。ママがいないと生きてけないなって思ったから」
隆介はここぞとばかりに雫の頬へキスをする。このボディタッチの多い両親を普段から見慣れている雪花は、またやってる……といううんざり顔だ。
「それで……なんで私の名前が雪花になるの?」
「それはね、ママのパパが『無駄なことなんて何もない』って教えてくれたから」
話が少し飛んだことで、雪花のノートにはあまり内容が書かれていない。書かなくていいの?と聞くと、雪花はもう全部聞いてから書くと答えた。
「パパは……今となっては全てが君たちに出会うため、あの映画があったんじゃないかとすら思うよ」
トントン、とノートに描かれた映画の名前を指さして、隆介はエーデルワイスを歌いながら、まだ爆睡している息子の元へと歩いて行った。
「パパの一番好きな曲があの曲でね、その花が咲くのが5月なの」
「エーデルワイス?それが雪の花なの?」
「白い雪の中に永久の命っていう歌詞があって、そこから取ったの。永遠に、幸せであってほしいって」
「そっか。じゃあ、そうやって書く!」
雪花は何かを考えながらノートに小さな文字をつらつらと書き始めた。少し見せて欲しいなーと目線をずらすと、左手でノートを隠すようにして書き続ける。
「ねえママ……結局パパがママを好きで、ママもパパが好きっていうこと?」
「そうね。それから……ママもパパも、雪花と音也に会うために、生まれてきたっていうこと」
「……そっか」
何かを悟ったような顔をして、雪花は作文用紙に文字を書き始めた。時々ノートを見ながら、えっと、だからぁ、とひとりで頭の中を整理をしているようだった。
「ねえ雪花、それ完成したらママに見せてくれる?」
「だめ。次の授業参観の日に読むから、今は内緒」
「そっか。じゃあ……パパと一緒に行こうかな」
「え!だめ!ママだけがいい!」
「え〜どうして?」
「ママとパパ、恥ずかしくなっちゃうかもしれない」
「恥ずかしくてもいいよ、雪花のこと大好きなのは本当だから」
「本当に?」
「うん、本当。全然平気」
「じゃあ来てもいいけど……笑っちゃだめだからね」
「はーい。楽しみにしてるね」
隆介にも幸花が授業参観で読んでくれるって、と伝えると、隆介は絶対に行く!と言い張った。
小学校へ変装なしで堂々と入った隆介が、意図せず父兄の写真に写り込んだことで既婚者だと報道され、多田がテレビ局を走り回ることになるのは、もう少し先のお話。
「話したことなかったっけ?」
「聞いたことない! 教えて」
小学校の課題で出されたらしく、手元には真っ白な作文用紙が2枚。直接書くんじゃなくて、ノートに書いてその感想を書くんだよというと渋々ノートを出した。
「ママとパパの出会いは、オーストリアなの」
「オーストラリアじゃなくて、オーストリア?」
「そう。ドレミの歌ってあるでしょ。あの映画の撮影地へ旅行に行ったときに、パパに出会ったの」
ノートにドレミの歌、と書き記したのを見て、「サウンドオブミュージック」っていう映画よ、と伝える。雪花はまだお世辞にも綺麗だとは言えないけれど、ギリギリ読める字で、その映画のタイトルを書いた。
「ママね、旅行先でスマホを湖に落として水没したの」
「え。それやばいね」
信じられない、と引いたような顔でこちらを見つめる雪花。
「どこにも連絡が取れなくて、本当に困っちゃってた時に、たまたま旅行へ来てたパパにスマホを借りたのが最初のきっかけ」
「えー! すっごい! 運命みたい!」
「でもね、その後仲良くなって一緒に旅行して回ったんだけど、パパは先に帰っちゃったの」
「え! 運命みたいだったのに?」
さらに信じられない!という顔で、雪花はリビングで弟と一緒に寝ている隆介を見た。
「ねぇママ、パパって昔はもっとかっこよかったの?」
「今だってかっこよくない?」
「えーでも髭もじゃだし……」
「ふふふ。5歳の頃は『パパと内緒で結婚するの』って言ってたのになぁ。パパかわいそう」
「かわいそうじゃないもん。パパはママがいるからいいじゃん!それより続き!」
教えて教えて、と身を乗り出してこちらに話を聞いてくる。しっかり興味を引けたみたい。
「その時ママは渋谷で働いてて、その近くの展示会へ遊びに行ったら、パパが撮った写真が飾ってあってね」
リビングに飾られた一際大きなシルエット写真"Muse"を指さすと、あれは私も好き!と教えてくれた。
「パパが近くにいるんじゃないかな〜って、探したらすぐ見つかったの。それで運良く再会して、お付き合いすることになって」
「パパから告白したの? ママから?」
「パパが、『手放すはずないだろ』って」
キャアキャアと喋ってると、後ろからのそのそと歩いてくる黒い影を感じる。振り返ってみると、ニヤニヤした隆介がこちらへやってきて、雫を後ろから抱きしめた。
「その話はね、違うよ、雪花」
「えっ違うの?!」
「ママが、『好きで好きで仕方ないのになんで置いてったの〜』って大泣きしたから、だよ」
「えぇぇ……」
雪花はだいぶ話が違うじゃないという顔で両親の顔を何度も見比べる。
「隆介さんっ!それはあなたがそうやって言っているように見えるって言ってたって話で……」
「ママ、いいよ、もう。ふたりでイチャイチャしないで」
はいはい、というジトッとした目でコチラを見て、雪花はママがパパにラブだったとノートに書いた。
「まぁ大好きだったのはそうだけど……」
「しかもママ、パパのこと置いて出て行ったこともある。しかも1年も」
「え! パパが置いてくんじゃなくて、ママが置いてったの? ママやば……」
「ちょっと! 隆介さん、言い方!」
後ろから抱きしめている隆介は腕の力を緩めることなく、しっかりと雫を抱きしめている。愛おしいものに顔を擦り付ける癖は変わっていなくて、短くなった雫の髪に顔を擦り付けては、溺愛エピソードを娘に話し続けた。
「ふふふ。でもパパはそれが悔しかったから、長崎のばぁばに電話して、ママのこと呼び出したの」
「出てった人を呼び出すって、パパもなかなかやばいね」
「でもママはちゃんと来てくれたからね」
「……パパが長崎のばぁばと結託して騙してたの」
長崎のばぁばは今でも元気で、時々東京へ遊びに来てはひ孫たちと一緒に買い物したり、カラオケへ行ったり、全力で今を楽しんでいる。
「じゃあそれでパパがプロポーズしたの?」
「そう。ママがいないと生きてけないなって思ったから」
隆介はここぞとばかりに雫の頬へキスをする。このボディタッチの多い両親を普段から見慣れている雪花は、またやってる……といううんざり顔だ。
「それで……なんで私の名前が雪花になるの?」
「それはね、ママのパパが『無駄なことなんて何もない』って教えてくれたから」
話が少し飛んだことで、雪花のノートにはあまり内容が書かれていない。書かなくていいの?と聞くと、雪花はもう全部聞いてから書くと答えた。
「パパは……今となっては全てが君たちに出会うため、あの映画があったんじゃないかとすら思うよ」
トントン、とノートに描かれた映画の名前を指さして、隆介はエーデルワイスを歌いながら、まだ爆睡している息子の元へと歩いて行った。
「パパの一番好きな曲があの曲でね、その花が咲くのが5月なの」
「エーデルワイス?それが雪の花なの?」
「白い雪の中に永久の命っていう歌詞があって、そこから取ったの。永遠に、幸せであってほしいって」
「そっか。じゃあ、そうやって書く!」
雪花は何かを考えながらノートに小さな文字をつらつらと書き始めた。少し見せて欲しいなーと目線をずらすと、左手でノートを隠すようにして書き続ける。
「ねえママ……結局パパがママを好きで、ママもパパが好きっていうこと?」
「そうね。それから……ママもパパも、雪花と音也に会うために、生まれてきたっていうこと」
「……そっか」
何かを悟ったような顔をして、雪花は作文用紙に文字を書き始めた。時々ノートを見ながら、えっと、だからぁ、とひとりで頭の中を整理をしているようだった。
「ねえ雪花、それ完成したらママに見せてくれる?」
「だめ。次の授業参観の日に読むから、今は内緒」
「そっか。じゃあ……パパと一緒に行こうかな」
「え!だめ!ママだけがいい!」
「え〜どうして?」
「ママとパパ、恥ずかしくなっちゃうかもしれない」
「恥ずかしくてもいいよ、雪花のこと大好きなのは本当だから」
「本当に?」
「うん、本当。全然平気」
「じゃあ来てもいいけど……笑っちゃだめだからね」
「はーい。楽しみにしてるね」
隆介にも幸花が授業参観で読んでくれるって、と伝えると、隆介は絶対に行く!と言い張った。
小学校へ変装なしで堂々と入った隆介が、意図せず父兄の写真に写り込んだことで既婚者だと報道され、多田がテレビ局を走り回ることになるのは、もう少し先のお話。