ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
名前を呼んで
「ごめん、あんまり余裕ないかも」
雫に声をかけた隆介は、ぷっくりと尖って主張している雫の胸をやんわりと撫でた。あえて焦らすように、期待しているとわかっている先端には触れてこない。白い皮膚を摘んだり爪先で引っ掻いたりされるたびに、雫は隆介の指先が与える微弱な快感を追っては、更なる刺激を求めた。
「もう、意地悪しないで、くださ……っ」
「意地悪じゃなくて……可愛がってんだよ」
手が届きそうで届かない快感は、雫の感度を静かに上げていく。それを知っているから、隆介は必要以上に雫を焦らし、溶かし続ける。隆介は小一時間、足指の先を舐め上げたり、ふくらはぎや膝を甘噛みしては、雫を子犬のように鳴かせた。
「はぁ……っもう、体力、続かない……!」
「どう、してほしい?」
「そんなこと、言わなくても……っ」
ぐずぐずに溶けた雫の下には、自分がどれだけ隆介に愛されたのかわかる大きなシミが出来上がっていた。隆介に指摘されずとも、背中のほとんどがひんやりしているので雫自身も、ベッドがどうなっているかはわかっていた。
「わからない、って言いたいところだけど、俺ももう我慢の限界かも。雫のナカ……入ってもいい?」
雫は真っ赤な顔で頭を縦に振り、隆介の方へと手を伸ばした。肉食獣のような野生的な目で全身を見つめられると、被食者の気分になる。あまり自信のない膨らみや肋骨の見える腹部を、まじまじとは見られたくなかった。
隆介は手探りでサイドテーブルの下の避妊具を取り出して、くるくるとつけていく。潤いの足らないそれを濡らすように、膨らんだ割れ目に手を伸ばす。ふんわりと膨らみを感じる恥丘の真下、花芽のあたりを隆介が優しくなぞるように触れると、雫の蜜がとろりと指先に絡みついた。隆介はその蜜を掬って自身の先端に塗りたくり、蜜の溢れ出した元へと己の欲望をゆっくり差し出した。
「ひぁ……っ!」
硬い先端が芯に触れるたびに、雫の甘い声が漏れる。ここに欲しいんだろという問いかけに、雫は枕を掴みながら頷くことしかできない。久しぶりの行為への期待と不安で、雫の鼓動は強く早まった。心臓が耳についてるのかと思ってしまうほど、鼓動が耳元で鳴り響く。
隆介は熱い息をついた。彼の熱い欲望が、早くしてとねだる蜜穴へと近付く。狭さのある蜜口を確認した隆介は軽く腰を引いた後、一気にとどめを刺すように押し入れた。ぐちゅりと卑猥な音が無垢なベッドルームに響く。互いに期待していた強く固い意志を全身で受け止めると、それだけで雫の身体はひくひくと喜びに震えた。
「あ、待って、今動いちゃ、だめ……」
「雫の中、きつ……本当に久しぶりなんだな」
「……ずっと、待ってたから」
汗の滲んだ額は雫の体の緊張を顕著に表していた。はあはあとゆっくり息をして、割り入ってきた肉棒を必死に馴染ませる。雫は久しぶりに全力の隆介を受け入れた自分の下腹部を撫でた。少し圧をかけて触れると、薄い腹越しに固いものが入っている感触がある。
「なんかもう……お腹がいっぱい、です」
「雫それ、無自覚?」
一生懸命に耐えていた隆介の額から、大粒の汗がぼたぼたと落ちる。前髪を一気にかき上げた隆介は隣部屋から漏れた光に照らされていて、苦悶の表情からも色気が溢れ出ている。
「あ、え、いやその……」
「俺は一応、久しぶりだし辛いと思って待つつもりだったけど……もう本当無理」
「え……っきゃ!」
隆介はベッドに背中をつけていた雫の腰を、両手で掴んで持ち上げた。膝立ちになった隆介の腰の高さまで持ち上げられた雫は、胸を反るような体制になる。
「っや、恥ずかしい……!」
「ほら、俺達が繋がってるとこ、ちゃんと見て」
「隆介、さんっ……やっぱり、意地悪!」
「そう……かも。誰にも見せたくないのに、雫が俺のだって、世界中に自慢したい気分だよ……っ」
初めは優しくゆっくりとした律動で雫を優しく可愛がってくれていたけれど、雫が快感に負けて思わず目を離すと、隆介はそこから一気にテンポを変えた。今まで離れていた時間を取り戻すように、力強く開拓を進めた。
「はぁ……っ。まさか雫に煽られるなんて、ッ」
「あっ……隆、介さんっはげし……い!」
隆介の腰の動きに合わせて軋むベッドの音とぐちゅぐちゅとナカをかき混ぜる水音が、ふたりの耳にはとても大きく聞こえていた。互いの手から伝わる熱も、時折滴る汗や吐息ですら、今の雫にとっては媚薬のようだ。空間を構成している全ての要素が、雫の感覚をますます高ぶらせていく。膣肉は時折意図せずにきゅきゅきゅと細かく震え、大きな快感を得ては悶えてしまう。
「ねえ、その顔ほんと可愛い。どこで覚えたの?そんな顔」
「隆介さん、が、させてるんです……っ」
「ああ俺のせい?……最高」
少し呼吸を整えた隆介が雫に覆い被さるように体勢を変え、しっとりとしたキスをしながらまた繋がる。隆介はいつの間にか涙を流していた雫の目元をぬぐい、頭を撫でた。雫の絹のような柔らかな髪は、漏れ出た光に反射してキラキラと輝いている。
「このままずっと、俺だけを見てて」
「はい、もちろん……です」
「雫。俺の名前、呼んで」
「隆介さん」
緊張の解けた雫は、夢中で隆介の名前を呼んだ。隆介は気をよくしたのか、雫が名前を呼ぶたびに愛をぶつける。
「もっと」
「隆介……っさん」
「……もっと」
「隆、介、さ……んっ!」
枕と隆介に挟まれて逃げ場のない雫を抱きしめるようにして、隆介は腰を打ちつけた。声が枯れてしまうのではないかと思うほどに名前を呼んだ雫は隆介よりも少し早く絶頂し、掠れゆく意識の中で隆介に抱きつくようにして眠りについた。
◇◇◇
雫の目が覚めた時、ベッドの中に感じられるのは自身の体温だけだった。自分が大きなベッドの端の方で丸くなり、分厚い毛布で包まれるようにして眠っていた痕跡はあるけれど、まるで一人で眠っていたような雰囲気がある。
(ずっと誰もいなかったように冷たい……またどこかへ行ってしまったの?)
彼と離れることになった、あの日の不安が蘇る。昨夜の彼はどこへ消えたのだろう。ごくりと唾を飲み込むと、喉の奥がざらりとした。
「隆介さん……?」
ドアの隙間からはうっすらと太陽光が漏れている。向こう側にいると信じたいけれど、胸の古傷が痛んで、自信を持って声がかけられない。恐る恐るドアを開けると窓辺から差し込む朝日で視界が真っ白だ。
「まぶし……っ。隆介さん、いるの?」
目を凝らしてなんとかその先を見つめると、毛布にくるまったままパソコンへ向かう彼の姿があった。ウェービーなその頭は見覚えのあるヘッドフォンをつけながら、細かいビートに乗っている。
(よかった……置いて行かれたわけじゃなかった)
隆介が時折エンターキーを押して音楽を止め、手元の五線譜に何かを書き加えては音楽を再開する……という流れを、雫はしばらく声をかけずにじっと見つめていた。
(オーストリアにいた時よりも、なんだか楽しそう。仕事の面白さを取り戻せたのかな)
壁掛けの時計は7:30過ぎを示していた。そのままベッドに戻ろうかと悩んだけれど、隆介を見つめていたことでだんだんと冷えた体は体温を求めていて、雫の足は自然と隆介の方へ向かった。
「……隆介さん、おはよう」
後ろから抱きついて首元に顔を埋めると、彼は一瞬ビクついてからヘッドホンを外し、肩にかかった雫の髪をするりと解いた。ヘッドホンを外した先には電子タバコと灰皿が置かれていて、すでに電子タバコの吸い殻が10本近く転がっている。
「あ、おはよう雫。よく眠れた?」
「おかげさまで。隆介さん、もしかして……寝てない?」
あんなに楽しそうに揺れていたのに、隆介の目元にはしっかりとしたクマが見えた。昨夜はウッディな香りだったのに、今纏っているのはタバコの甘い残り香なのも、少し気になる。薄い顎髭が伸びているのは想定内だけれど、明らかに疲れが顔に出ている。
「1時間……くらいは寝たんだけどね。良いフレーズが浮かんじゃって」
隆介は自分の羽織っていた毛布で雫を包み、頬に軽くキスをして、誤魔化すようにキッチンへ向かった。調理器具は何もなく、殺風景なキッチン。隆介は銀色の冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターで、いくつかのサプリメントをさっと腹へ流し込んだ。
「いいフレーズが出てても、せめてもう少しは寝よう?だめ?今日は忙しい?」
「ま、急ぎの仕事はないかな。やりたいことは色々あるけど」
「じゃあ目を閉じるだけでもいいから、私とベッドで横になろ。ね?お願い」
「雫、仕事は?」
「今日はお休み。だから、ね?」
結局、雫のお願いなら仕方ないなと折れた隆介は、雫と手を繋いでベッドルームへと帰ってきた。白いTシャツに黒のスウェットというシンプルな服装は、そのままではまだ少し肌寒そうだ。
「ふふふ。一緒に寝てくれるの、嬉しい」
「雫が喜ぶなら、俺も嬉しいよ」
隆介は両手を伸ばして雫を抱きしめる。悲劇とも言えるすれ違いからの再会のおかげで、今はこうして肌が触れ合う距離にいられるだけで、ふたりは幸せを感じられた。暖かな毛布の中で互いの体温に触れながら、束の間の休憩をとった。
◇◇◇
「リュウ!さっき連絡来てたやつ、持ってきたよ!あと写真も〜!」
エレベーターを降りてきた茶髪の男性が大きな声で隆介を呼んだ。梱包材に包まれた大きな写真と黒い紙袋を手にした男は、隆介からの返事が無いことを気にせず、ズカズカと室内へ足を踏み入れた。
「返事ないけど入るよ〜!入っちゃったよ〜!何してんの〜?トイレ〜?」
家主がどこにいるのかと探すけれど、一向に姿は見えない。探されている家主よりも先にこの男に見つかったのは、卓上に広がった数枚の手書き譜面と、ラップトップで開きっぱなしになっている作曲ソフト上の複雑なビート。画面には既にいくつかの楽器の音と曖昧な音声が打ち込まれていて、男にはそれが未公開曲なのだとすぐに理解ができた。
「untitleってマジかよ……はぁ。やっと来たか……!」
男はすぐに譜面の写真を撮って、どこかへ電話をかける。花の咲くような笑顔で話している間はなぜか落ち着かない様子で部屋を歩き回っていたものの、興奮冷めやらぬ様子で電話を切ると、寝室の引き戸を大きく開けて、叫んだ。
「リュウ!やったなお前……流石だよ!」
普段ならすぐにむくりと起きて返事をするはずの隆介から、期待した反応はない。男がそこで見たものは、幸せそうな笑顔で抱きしめ合ったまま眠る男女の姿だった。
目をぱちぱちとさせても、もちろん状況は変わらない。
「不眠症野郎が寝てる?しかもこの状況で起きないって、まじ?」
幽霊を見たように驚いた顔をした男は、そっと扉を閉めた。いやまさか、でもこれは……などとぶつぶつ呟いてはもう一度ドアをそっと開いて、中のふたりを覗き見る。寝返りのように多少身じろぐことはあっても、まだ目を覚ます様子などない。
男は信じられないと何度も声に出しながらコソコソと玄関へ戻り、そっとエレベーターに乗った。
◇◇◇
アラームの音が意識の遠くで鳴る。何度目かのピピピという音で、仕事へのカウントダウンが始まっていることに気付いた雫は時間にハッとして、隣で眠る隆介を揺さぶり起こす。
「隆介さん。隆介さん……!ちょっとのはずがもう12時過ぎてます……」
「ん?あぁ、おはよう」
前日床に散らかした服を拾っている雫を見ながら、隆介は寝ぼけ眼のまま、大きな黒い紙袋を運んできた。
「これ、マネージャーに必要そうなもの持って来させたから、使って」
「えっそれって」
「なんか化粧品とか、そういうの。適当に集めさせたから使えるかわかんないけど、無いよりはいいでしょ?」
「あっいやでもこれは流石に……貰いすぎな気が」
指さされた大きな紙袋の中に入っていたものは全てデパコス、いわゆる百貨店に並ぶブランドコスメで、サイズぴったりの下着や新品のヘアアイロンまで入っていた。
「俺としては、俺に抱かれましたって顔してる雫も可愛いし、そのままでも良いんだけど」
「あっそれは良くない、ですね……」
「残念だけどそう言うと思って用意したから、全部もらってよ。あ、もちろん風呂も使って」
「……じゃあ、ありがたくお借りします」
「ん、どうぞ」
用意されたものたちは急に集められたという割にはリアルに必要なものばかりでどれもありがたく、素直に拝借することにした。
雫に声をかけた隆介は、ぷっくりと尖って主張している雫の胸をやんわりと撫でた。あえて焦らすように、期待しているとわかっている先端には触れてこない。白い皮膚を摘んだり爪先で引っ掻いたりされるたびに、雫は隆介の指先が与える微弱な快感を追っては、更なる刺激を求めた。
「もう、意地悪しないで、くださ……っ」
「意地悪じゃなくて……可愛がってんだよ」
手が届きそうで届かない快感は、雫の感度を静かに上げていく。それを知っているから、隆介は必要以上に雫を焦らし、溶かし続ける。隆介は小一時間、足指の先を舐め上げたり、ふくらはぎや膝を甘噛みしては、雫を子犬のように鳴かせた。
「はぁ……っもう、体力、続かない……!」
「どう、してほしい?」
「そんなこと、言わなくても……っ」
ぐずぐずに溶けた雫の下には、自分がどれだけ隆介に愛されたのかわかる大きなシミが出来上がっていた。隆介に指摘されずとも、背中のほとんどがひんやりしているので雫自身も、ベッドがどうなっているかはわかっていた。
「わからない、って言いたいところだけど、俺ももう我慢の限界かも。雫のナカ……入ってもいい?」
雫は真っ赤な顔で頭を縦に振り、隆介の方へと手を伸ばした。肉食獣のような野生的な目で全身を見つめられると、被食者の気分になる。あまり自信のない膨らみや肋骨の見える腹部を、まじまじとは見られたくなかった。
隆介は手探りでサイドテーブルの下の避妊具を取り出して、くるくるとつけていく。潤いの足らないそれを濡らすように、膨らんだ割れ目に手を伸ばす。ふんわりと膨らみを感じる恥丘の真下、花芽のあたりを隆介が優しくなぞるように触れると、雫の蜜がとろりと指先に絡みついた。隆介はその蜜を掬って自身の先端に塗りたくり、蜜の溢れ出した元へと己の欲望をゆっくり差し出した。
「ひぁ……っ!」
硬い先端が芯に触れるたびに、雫の甘い声が漏れる。ここに欲しいんだろという問いかけに、雫は枕を掴みながら頷くことしかできない。久しぶりの行為への期待と不安で、雫の鼓動は強く早まった。心臓が耳についてるのかと思ってしまうほど、鼓動が耳元で鳴り響く。
隆介は熱い息をついた。彼の熱い欲望が、早くしてとねだる蜜穴へと近付く。狭さのある蜜口を確認した隆介は軽く腰を引いた後、一気にとどめを刺すように押し入れた。ぐちゅりと卑猥な音が無垢なベッドルームに響く。互いに期待していた強く固い意志を全身で受け止めると、それだけで雫の身体はひくひくと喜びに震えた。
「あ、待って、今動いちゃ、だめ……」
「雫の中、きつ……本当に久しぶりなんだな」
「……ずっと、待ってたから」
汗の滲んだ額は雫の体の緊張を顕著に表していた。はあはあとゆっくり息をして、割り入ってきた肉棒を必死に馴染ませる。雫は久しぶりに全力の隆介を受け入れた自分の下腹部を撫でた。少し圧をかけて触れると、薄い腹越しに固いものが入っている感触がある。
「なんかもう……お腹がいっぱい、です」
「雫それ、無自覚?」
一生懸命に耐えていた隆介の額から、大粒の汗がぼたぼたと落ちる。前髪を一気にかき上げた隆介は隣部屋から漏れた光に照らされていて、苦悶の表情からも色気が溢れ出ている。
「あ、え、いやその……」
「俺は一応、久しぶりだし辛いと思って待つつもりだったけど……もう本当無理」
「え……っきゃ!」
隆介はベッドに背中をつけていた雫の腰を、両手で掴んで持ち上げた。膝立ちになった隆介の腰の高さまで持ち上げられた雫は、胸を反るような体制になる。
「っや、恥ずかしい……!」
「ほら、俺達が繋がってるとこ、ちゃんと見て」
「隆介、さんっ……やっぱり、意地悪!」
「そう……かも。誰にも見せたくないのに、雫が俺のだって、世界中に自慢したい気分だよ……っ」
初めは優しくゆっくりとした律動で雫を優しく可愛がってくれていたけれど、雫が快感に負けて思わず目を離すと、隆介はそこから一気にテンポを変えた。今まで離れていた時間を取り戻すように、力強く開拓を進めた。
「はぁ……っ。まさか雫に煽られるなんて、ッ」
「あっ……隆、介さんっはげし……い!」
隆介の腰の動きに合わせて軋むベッドの音とぐちゅぐちゅとナカをかき混ぜる水音が、ふたりの耳にはとても大きく聞こえていた。互いの手から伝わる熱も、時折滴る汗や吐息ですら、今の雫にとっては媚薬のようだ。空間を構成している全ての要素が、雫の感覚をますます高ぶらせていく。膣肉は時折意図せずにきゅきゅきゅと細かく震え、大きな快感を得ては悶えてしまう。
「ねえ、その顔ほんと可愛い。どこで覚えたの?そんな顔」
「隆介さん、が、させてるんです……っ」
「ああ俺のせい?……最高」
少し呼吸を整えた隆介が雫に覆い被さるように体勢を変え、しっとりとしたキスをしながらまた繋がる。隆介はいつの間にか涙を流していた雫の目元をぬぐい、頭を撫でた。雫の絹のような柔らかな髪は、漏れ出た光に反射してキラキラと輝いている。
「このままずっと、俺だけを見てて」
「はい、もちろん……です」
「雫。俺の名前、呼んで」
「隆介さん」
緊張の解けた雫は、夢中で隆介の名前を呼んだ。隆介は気をよくしたのか、雫が名前を呼ぶたびに愛をぶつける。
「もっと」
「隆介……っさん」
「……もっと」
「隆、介、さ……んっ!」
枕と隆介に挟まれて逃げ場のない雫を抱きしめるようにして、隆介は腰を打ちつけた。声が枯れてしまうのではないかと思うほどに名前を呼んだ雫は隆介よりも少し早く絶頂し、掠れゆく意識の中で隆介に抱きつくようにして眠りについた。
◇◇◇
雫の目が覚めた時、ベッドの中に感じられるのは自身の体温だけだった。自分が大きなベッドの端の方で丸くなり、分厚い毛布で包まれるようにして眠っていた痕跡はあるけれど、まるで一人で眠っていたような雰囲気がある。
(ずっと誰もいなかったように冷たい……またどこかへ行ってしまったの?)
彼と離れることになった、あの日の不安が蘇る。昨夜の彼はどこへ消えたのだろう。ごくりと唾を飲み込むと、喉の奥がざらりとした。
「隆介さん……?」
ドアの隙間からはうっすらと太陽光が漏れている。向こう側にいると信じたいけれど、胸の古傷が痛んで、自信を持って声がかけられない。恐る恐るドアを開けると窓辺から差し込む朝日で視界が真っ白だ。
「まぶし……っ。隆介さん、いるの?」
目を凝らしてなんとかその先を見つめると、毛布にくるまったままパソコンへ向かう彼の姿があった。ウェービーなその頭は見覚えのあるヘッドフォンをつけながら、細かいビートに乗っている。
(よかった……置いて行かれたわけじゃなかった)
隆介が時折エンターキーを押して音楽を止め、手元の五線譜に何かを書き加えては音楽を再開する……という流れを、雫はしばらく声をかけずにじっと見つめていた。
(オーストリアにいた時よりも、なんだか楽しそう。仕事の面白さを取り戻せたのかな)
壁掛けの時計は7:30過ぎを示していた。そのままベッドに戻ろうかと悩んだけれど、隆介を見つめていたことでだんだんと冷えた体は体温を求めていて、雫の足は自然と隆介の方へ向かった。
「……隆介さん、おはよう」
後ろから抱きついて首元に顔を埋めると、彼は一瞬ビクついてからヘッドホンを外し、肩にかかった雫の髪をするりと解いた。ヘッドホンを外した先には電子タバコと灰皿が置かれていて、すでに電子タバコの吸い殻が10本近く転がっている。
「あ、おはよう雫。よく眠れた?」
「おかげさまで。隆介さん、もしかして……寝てない?」
あんなに楽しそうに揺れていたのに、隆介の目元にはしっかりとしたクマが見えた。昨夜はウッディな香りだったのに、今纏っているのはタバコの甘い残り香なのも、少し気になる。薄い顎髭が伸びているのは想定内だけれど、明らかに疲れが顔に出ている。
「1時間……くらいは寝たんだけどね。良いフレーズが浮かんじゃって」
隆介は自分の羽織っていた毛布で雫を包み、頬に軽くキスをして、誤魔化すようにキッチンへ向かった。調理器具は何もなく、殺風景なキッチン。隆介は銀色の冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターで、いくつかのサプリメントをさっと腹へ流し込んだ。
「いいフレーズが出てても、せめてもう少しは寝よう?だめ?今日は忙しい?」
「ま、急ぎの仕事はないかな。やりたいことは色々あるけど」
「じゃあ目を閉じるだけでもいいから、私とベッドで横になろ。ね?お願い」
「雫、仕事は?」
「今日はお休み。だから、ね?」
結局、雫のお願いなら仕方ないなと折れた隆介は、雫と手を繋いでベッドルームへと帰ってきた。白いTシャツに黒のスウェットというシンプルな服装は、そのままではまだ少し肌寒そうだ。
「ふふふ。一緒に寝てくれるの、嬉しい」
「雫が喜ぶなら、俺も嬉しいよ」
隆介は両手を伸ばして雫を抱きしめる。悲劇とも言えるすれ違いからの再会のおかげで、今はこうして肌が触れ合う距離にいられるだけで、ふたりは幸せを感じられた。暖かな毛布の中で互いの体温に触れながら、束の間の休憩をとった。
◇◇◇
「リュウ!さっき連絡来てたやつ、持ってきたよ!あと写真も〜!」
エレベーターを降りてきた茶髪の男性が大きな声で隆介を呼んだ。梱包材に包まれた大きな写真と黒い紙袋を手にした男は、隆介からの返事が無いことを気にせず、ズカズカと室内へ足を踏み入れた。
「返事ないけど入るよ〜!入っちゃったよ〜!何してんの〜?トイレ〜?」
家主がどこにいるのかと探すけれど、一向に姿は見えない。探されている家主よりも先にこの男に見つかったのは、卓上に広がった数枚の手書き譜面と、ラップトップで開きっぱなしになっている作曲ソフト上の複雑なビート。画面には既にいくつかの楽器の音と曖昧な音声が打ち込まれていて、男にはそれが未公開曲なのだとすぐに理解ができた。
「untitleってマジかよ……はぁ。やっと来たか……!」
男はすぐに譜面の写真を撮って、どこかへ電話をかける。花の咲くような笑顔で話している間はなぜか落ち着かない様子で部屋を歩き回っていたものの、興奮冷めやらぬ様子で電話を切ると、寝室の引き戸を大きく開けて、叫んだ。
「リュウ!やったなお前……流石だよ!」
普段ならすぐにむくりと起きて返事をするはずの隆介から、期待した反応はない。男がそこで見たものは、幸せそうな笑顔で抱きしめ合ったまま眠る男女の姿だった。
目をぱちぱちとさせても、もちろん状況は変わらない。
「不眠症野郎が寝てる?しかもこの状況で起きないって、まじ?」
幽霊を見たように驚いた顔をした男は、そっと扉を閉めた。いやまさか、でもこれは……などとぶつぶつ呟いてはもう一度ドアをそっと開いて、中のふたりを覗き見る。寝返りのように多少身じろぐことはあっても、まだ目を覚ます様子などない。
男は信じられないと何度も声に出しながらコソコソと玄関へ戻り、そっとエレベーターに乗った。
◇◇◇
アラームの音が意識の遠くで鳴る。何度目かのピピピという音で、仕事へのカウントダウンが始まっていることに気付いた雫は時間にハッとして、隣で眠る隆介を揺さぶり起こす。
「隆介さん。隆介さん……!ちょっとのはずがもう12時過ぎてます……」
「ん?あぁ、おはよう」
前日床に散らかした服を拾っている雫を見ながら、隆介は寝ぼけ眼のまま、大きな黒い紙袋を運んできた。
「これ、マネージャーに必要そうなもの持って来させたから、使って」
「えっそれって」
「なんか化粧品とか、そういうの。適当に集めさせたから使えるかわかんないけど、無いよりはいいでしょ?」
「あっいやでもこれは流石に……貰いすぎな気が」
指さされた大きな紙袋の中に入っていたものは全てデパコス、いわゆる百貨店に並ぶブランドコスメで、サイズぴったりの下着や新品のヘアアイロンまで入っていた。
「俺としては、俺に抱かれましたって顔してる雫も可愛いし、そのままでも良いんだけど」
「あっそれは良くない、ですね……」
「残念だけどそう言うと思って用意したから、全部もらってよ。あ、もちろん風呂も使って」
「……じゃあ、ありがたくお借りします」
「ん、どうぞ」
用意されたものたちは急に集められたという割にはリアルに必要なものばかりでどれもありがたく、素直に拝借することにした。