ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!

一番のお気に入り

 時間にすればそれは10分かそこらの事だったと思う。それでも私たちは、取り繕うことをやめてただ沈黙の中で抱きしめ合っていた。雫の肩口に顔を寄せていた隆介は、何かを決意したように顔をあげ、力を伝えれば壊れそうなほど繊細なキスをした。

「好きだよ、雫。ただの俺を愛してくれる、君が好きだ」
「私も……ありのままでいてくれる隆介さんが好き」

 まっすぐ見開かれた美しい瞳の中に、自分だけが写っているという優越感。目線を交わし、手の触れられる距離にいるだけでこんなにも胸がほかほかとするなんて知らなかった。

「改めて……俺の、恋人になってくれる?」

 水を掬い上げるように雫の顔に触れる隆介は、長いまつげを震わせている。彼の声はいつもより少し弱く、掠れているように思えた。

「もちろん。よろしくお願いします」

 これから彼がどんな立場になったとしても、たとえ知らない顔を持っていたとしても、自分はこの人の一番の味方でいよう。彼が彼らしくいられるように、自分も自然体でいよう。

 雫がにっこりと微笑み返すと、隆介はまるでお気に入りのぬいぐるみを見つけた犬のように、まんべんの笑顔で雫の頬へ顔を擦り寄せた。

 ◇◇◇

 隆介が時間を指定していたのか、20時を過ぎると一斉に購入品が届き始めた。大量の紙袋やブランドの箱に囲まれた雫は、まるで海外のクリスマスホームビデオのようだ。購入したとは思っていなかったワンピースや靴、鞄、アクセサリーまで入っている。しかもそれが、1つや2つではない。

「見てる間に似合いそうだなと思って買っちゃったから、貰ってよ」
「……あの、隆介さんっ!」
「はい」
「1つ約束して欲しいことができました」
「なぁに?」
「これは、隆介さん個人のお金だからいいって思ってるかもしれないですけど」
「うん」
「私は色々プレゼントされたくて付き合ってるわけでも、おねだりしたくて一緒にいるわけでもないので、あんまりプレゼントしないでください」
「でも、これは俺の気持ちだし」
「私さっきも言いましたけど、昨日みたいにカッコつけてる隆介さんより、飾ってない方が好きです。……あんまりかっこいいと緊張しちゃうし。プレゼントなんてなくても一緒にいるだけで嬉しいし、気持ちはもう十分受け取っているので大丈夫です。……それに、靴とか洋服くらいなら自分のものを持ってきますし」

 最後まで言い切ってから、自分の宣言したことがどういうことなのか、雫は急に冷静になって理解し、思わず耳が赤くなる。服を持ってくるってことは、泊まると決めてここへ来るってことで、泊まるってことは多分そういうことだ。

「ふーん。雫は毎回俺に朝まで抱かれて、そのまま会社に行く覚悟があるって、そう言う訳ね」
「えっ、あ、もうっ!泊まる用意くらいは出来るって言いたかっただけで……そうは言ってない、ですっ!」
「雫……俺、雫の要望に応えられるように努力するよ」

 隆介はニヤニヤと笑って後ろから雫を抱き寄せると、顔をすり寄せた。どうやら、隆介はこうやって雫にくっつくのが好きなようだ。まぁ、お気に入りのぬいぐるみ扱いされるのも、案外嫌じゃない。

「さ、そろそろ片付きそう?いい時間だし、食事にしよう」
「はーい。隆介さん……この服、かけてもいいところありますか?畳んだままだとシワになりそうで」
「使ってないそこのウォークインの一角、雫が自由につかっていいよ」
「やった!ありがとうございます」

 指定された部屋のドアを開けると、ムスクのようなセクシーな香りが広がる。3方向のうち右側の壁のラックにはまだ何もかけられておらず、ここのことだとすぐにわかった。
 
 ウォークインの中央には、百貨店でもよく見る高級ブランドの腕時計といくつかのサングラス、ブレスレットが並ぶ。個人宅にもこのガラスケースがあるなんて、雫には俄かに信じられない。

 腕時計ケースの右上が空いていて、雫は自分が腕時計を借りていたことを改めて思い出した。あの時は気持ちが落ち込んでいてよく見なかったけれど、このラインナップならば簡単に買えるような時計のはずがない。ちゃんとここに戻してあげなきゃねと声をかけて、次会うときは必ず返そうと心に誓った。

 「どう?かけられそう?」

 様子を覗きに来た隆介が、ドアフレームに寄りかかりながらこちらを見ている。

「あっ、はい。大丈夫でした!」
「何か見てた?……あぁ、時計ね。数少ないコレクションなんだ」
「はい。この前の時計、ちゃんと返しに来なきゃって」
「いいよ、あれはあの日雫にあげたものだから。そのまま持ってて」
「えっでも大事なものですよね?今は部屋に飾ってますけど……ちゃんとお返しします」
「俺は虫除けのつもりで置いてったから、部屋に飾るくらいなら着けてよ」
「虫除け?!時間を気にしなさいってことかと……」

 くくくと口元を隠さずに笑う隆介。確かに時間わかんなかったもんねと思い出し笑いが止まらない様子だ。

「俺のメッセージ、ほんと何も伝わってないじゃん。面白すぎ」
「だって……あの時間は幸せすぎて、夢みたいで。隆介さんのいない時間が、自分の現実だって突きつけられた気がして」
「でも、今またこうやって一緒にいるでしょ。今の雫は、これが現実だって信じてくれる?」
「はい。……もちろん」

 こっちへおいでと言うように、彼の手が雫の方へ伸びてきた。あの日のように未来を諦めず、遠慮せずにこの手を取っていいんだ。彼の長い指を掴むように握ると、指先を絡め合うように握り直された。

「あの、腕時計……"貰う"んじゃなくて、"借りる"ってことでもいいですか?」
「ん?」
「もういっぱい貰っててこれ以上は……本当に申し訳ない気持ちになっちゃうので」
「俺はどっちでもいいけど、雫の気持ちがそれで軽くなるなら。"貸す"から、大事にして」
「……はいっ!」
 
 もう止まってしまっているかもと伝えると、持ってきてくれれば調整するよと返された。プレゼントはもういいと言ったはずのに、隆介からはいろんなものをもらいすぎている。借りものだからと大事に持っているくらいが調度いい。たくさんのものをもらっては、たくさん返さなくてはと焦ってしまう。きっと彼はそんなことを求めていないだろうけれど、雫の中の気持ちの整理には重要なことだった。

◇◇◇

 つまみとして買ってきたチーズとハムを隆介が大皿に盛り付ける間に、雫は簡単に野菜をカットしてフライパンへ入れた。塩とオリーブオイルを入れて軽く焼き目をつけてから軽く蒸し焼きにする。ほかほかになった野菜を移し替えて、粉チーズを振るだけでおしゃれなおつまみになった。

「お、うまそ」
「こう見えて一人暮らし歴結構長いので。時短料理ばっかり覚えちゃいました」

 隆介は横からパプリカを指先で摘んで、頬張った。はふはふと食べる姿は少年のようだ。

「ふはっ……うっま。天才」
「お塩とチーズとオリーブオイルが天才なんですよ」
「んーん。雫が天才。さ、飲も」

 ミトンの代わりにタオルで掴んだ器を卓上に並べると、簡単ではあるけれど彩りのいい食事の完成だ。ディナーというよりは晩酌だけど、お昼に食べすぎた自覚があるから今日はこれがちょうどいい。

「「っ乾杯」」

 出されたのは、男性の横顔と筆記体のサインが描かれたラベルのワイン。さらりとした口当たりとベリーのようなフレッシュな味わいがあって飲みやすい。隆介は当たり年とかそういうのはよくわからないんだけど、好きなんだと呟いた。何本か飲むごとにショップから適当に送ってもらっているらしい。

「結構お酒好きですよね、隆介さん。あと、コーヒーも」
「お酒もコーヒーも、タバコも好き。体に良くないことはわかってるんだけどね」
「私は全然わかんないので……ほどほどで、お願いします」
「ん、心得ました」

 雫の敬語に合わせて正座しこちらに頭を下げる彼は、36歳とは思えない可愛さと無邪気さがある。眉を下げていかにも"わざわざやっています"というそぶりは、彼が冗談混じりにやっている時の仕草だ。
 
「あ……絶対その気ないですよね?」
「絶対、ではないよ。多少は、ある」
「多少」
「ふふ。仕事してると時々、口寂しくなるんだよ」

 キスしてくれた落ち着くかもね?と笑うところは確かに少しおじさんっぽい。言うとショックだと騒ぎそうだなと判断して、お酒の力を借りてキスした。

「私がいるときは、私が……代わりになりますから」

 目を皿のように丸くした隆介は、グラスを机に置いた。ふたりのグラスはまだ6割ほどのワインが残っている。

「ここ来て、雫」

 自分の膝の上をポンポンと叩き、雫に座るように指示をする。まだ酔っていないし恥ずかしいと伝えても、隆介はおいでとだけ言って手を伸ばす。強情さに折れた雫は隆介に向かい合うようにして膝の上へ乗った。

「いつの間にか大胆になって。どこで覚えたの」
「これはっ……隆介さんが呼ぶから」

 隆介の手が、両サイドから雫の太ももをゆっくりと撫で上げる。段々と上がってくる手の侵入を拒もうと試みるけれど、雫の小さい手のひらに勝ち目はない。薄く透けたレースに包まれた双丘を可愛がるように揉んだり、背筋をなぞるようにして愛撫されると、自分のものとは思えない声が口から溢れた。
 
「んん……っ!お野菜、冷めちゃいますよ」
「先に雫を食べたい」

 上へ上へと伸びてくる腕は雫からワンピースを奪い、すぐに下着だけの姿にさせた。隆介が胸元へ顔を寄せたと思った瞬間、ちくりと胸に鋭い痛みを一瞬感じる。彼の唇が離れたと思うとまた少し離れたところに、ちくり。

「……っ!」

 確かに一瞬痛いはずなのに、それだけじゃない感覚が雫の子宮をときめかせる。ドキドキと早くなる心臓に合わせて、雫の昂りも増していく。隆介の与える何度目かのリップ音が大きく聞こえて、雫は思わず腰を震わせた。

「腰動いてるね。気持ちいい?……雫」
「ん……なんかわかんないのに、震えちゃう……」

 口角をすっと上げた隆介の手によってブラはすんなりと外され、ソファの下へと落とされた。白く遠慮がちな膨らみの先端は、早く触れてとばかりに天を仰いでいる。

 隆介の温かい舌先がその先端を包むように舐め上げると、雫は一度ぴくんと体を震わせ、高い声をあげた。

「可愛い……ちゃんと感じてるね」
「あっそこで……喋らないで、くださいっ」

 舐め上げられた蕾は唾液でツヤツヤとひかり、一層いやらしい。空気に触れることの少ない場所だからか、ひんやりとした感覚すらも手伝って、雫の感度をさらに上げていく。

「雫……。俺はさ、雫があの湖のほとりで歌ってた時に、これだって思ったんだ」
「……っはい」

 雫の薄い腰に手を当て、隆介は一言話すごとに雫の身体へ口付けた。直接的にズキズキと来るほどの刺激はほとんどないというのに、雫の下腹部はジリジリと疼く。動揺を隠そうとお腹に力を入れると、下着がとろりと濡れた気がした。

「俺はこういう楽しさを忘れてたなって、気付かせてくれた」
「……んっ」
「俺の孤独にも気づいて、それでもいいって言ってくれる」
「っん……」
「懇願されたってもう放してあげられない」

 ふっくらとしたピンク色の蕾を吸い上げながら、隆介は雫の下着へ手を添えた。

「あっだめ……恥ずかし……」

 こんな格好になっているというのに、今更照れが溢れて止まらない。ましてや照明の効いた明るいところでこんなふうになってしまっている自分を見せるのには、まだ抵抗がある。

「恥ずかしがってる雫も可愛いけど……俺に雫の全部を見せてほしい」
 
 返事を待つ前に隆介は雫に深く口づけた。舌を転がしては絡ませ、互いの欲情が限界に達するまで待つと言わんばかりのキスが続く。まだほんの少し残る日現実感の中で、雫は隆介に身を委ねた。
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