妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました～入れ替え婚!?～
　彰史に向かって一人の人物が近づいていく。長年一緒にいたから、円香がその人物を見間違うはずもない。

　彰史の前に歩み寄り、彼に話しかけているあれは――麗香だ。

　麗香は三ヶ月ほど前に出産を終えたと両親から知らされている。けれど、子供を連れている気配はない。

　なぜ麗香が一人きりでこんなところにいるのか。子供はどうしているのか。そして何より、なぜ麗香が彰史に近寄っているのか。円香は今の現状が理解できない。

　麗香が自分の大切な人に近づいているという事実だけで、円香は冷静でいられなくなる。

　麗香は彰史の腕に手を添えて何やら話しかけており、二人のその距離の近さを見ただけで、円香はもう耐えられなかった。

　急いで店を出て、そのまま自宅へと帰る。

　彰史からは『カフェで待っている』と連絡が来るが、円香は『体調が悪くなった』と偽りの返信をしてしまった。

　彰史が裏切るはずはないのだから、正面から彼に訊いてみればいい。そんな理性的な思考もありはするものの、一度ひどい裏切りを受けている円香には、それは怖くてできない。自分から飛び込む勇気など持てるはずもなかった。

　ほどなくして彰史が同じ家に帰ってきたが、円香は体調が悪いという嘘を隠れ蓑にして、寝たふりをしてやり過ごす。

　彰史と向き合いもせず、自分の役割も放棄している自分が情けない。それでもどうしても円香には逃げる以外の選択ができなかった。この家に帰ってくるのが、円香にできる精一杯だった。

　彰史は円香のことを本当に心配してくれているのか、眠ったふりをする円香の髪を優しく撫でてくる。その感触が心地いいものだから、円香は嘘をついた罪悪感で胸を痛めた。
< 104 / 201 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop