入れ替え婚 ~妹に婚約者を奪われたら冷酷と噂の妹婚約者に溺愛されました~
 居間ではなく、なぜか客間に通された円香はそこに一人残される。孝之助は家の中にはいるようだが、襖は閉め切られていて、円香のいるそこは一人きりの空間になっている。

 円香に一人で考える時間を与えてくれているのかもしれない。


 円香の心の中では相反する二つの思いがせめぎ合っている。

 もう二度と傷つかないよう、このまますべてを想い出にして、彼との関わりを断ってしまおうという気持ち。反対に、未だ胸の中にある小さな希望を頼りにして、彼のもとへと戻り、この先も共にありたいという気持ち。その二つが入れ代わり立ち代わりで現れる。

 それは絶妙な均衡を保っていて、どちらにも傾いてはくれない。それがとても苦しい。

 自分一人では抜け出す術がなくて、ただただ悩むほかない。それ以外どうにもできない。

 きっと円香がこんなにも葛藤しているのは、円香にとって彰史がなくてはならない存在になっているからだろう。家族として、夫婦として、彰史のことをとても大切に思っている。

 でも、それだけではない。もう円香の胸の中には、それだけでは片づけられない想いが生まれている。

 彰史が優しいから、新しい人生をくれたから、二人の暮らしが心地いいから。ずっとそう思っていた。彰史との時間が愛しいのはそういうものの積み重ねだと。けれど、もっと決定的にそれを後押しする想いがある。

 円香はもうどうしようもなく彰史のことを愛してしまっているのだ。彼のことを心から好いている。

 だから、こんなにも苦しい。愛ゆえの苦しさだ。


 こんな形で自分の気持ちを自覚することになろうとは何という皮肉であろうか。もっと幸せな時間に知りたかった。彰史に甘えられる場所でわかりたかった。

 こんなときに自覚すれば、苦しさが増すばかりである。

 いったいどれほどの時間を苦しみ続ければいいのだろう。あと何時間、何日、何週間悩み続ければ、答えは出るのだろう。

 そんな疑問が浮かび上がるが、しかし、円香に深く考え込むだけの時間は与えられなかった。


 円香がここへ来て十五分と経たないうちに、客間の襖は開かれる。何の答えも出ないまま、円香は強制的に向き合わされる。円香が今、最も会いたくて、最も会いたくないその人に。
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