妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
 風呂から上がった二人は、再び身を寄せ合うようにして座る。

 円香は何を言われても全部受け止めようと心に決め、彰史が語りだすのを静かに待った。

「俺の母親は身寄りのない人でな。早くに親を亡くし、兄弟もなく、近しい親戚もいなかったらしい。父親も親戚とは疎遠になっていたから、父と母と俺の三人だけの家族で暮らしてきたんだ」

 初めて自分の家族のことを語る彰史の声は、凪いだ湖のようにとても静かな声だ。それは感情をそぎ落としたナレーションのようでいて、でも、少しの哀愁も含んでいる。

 ともすれば、外の闇に溶け消えてしまいそうなその声を、円香は決して聞き漏らすまいと、より一層集中して耳を傾ける。

「父は小さな工場で働いていて、母も家計を支えるために内職をしていた。俺が小学校に上がれば、パートにも出ていた。とてもとても貧しい家だったが、母はいつも笑っていて、たくさんの愛情を注いでくれたから、俺はとても幸せだった」
「素敵なお母さんなんですね」
「ああ、とても素敵な人だったよ。あの頃の母の姿も、そのときの幸せな気持ちもまだ覚えている。だがな……その幸せは長くは続かなかった」
「え?」
「不況の煽りを受けて、父の勤める工場が倒産したんだ。母も働いていたから、すぐに生活に困るということはなかったが、父の再就職先はなかなか見つからなかった。父はそのことに苛立っていたんだろうな。次第に酒におぼれるようになったんだ」
「っ」

 『おぼれる』の言葉に、つらい事実が詰まっているとわかる。そして、それを続く彰史の言葉が肯定する。
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