妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
「でも、俺の内定が決まる直前、母はそれまでの無理がたたったのか、四十三歳という若さでこの世を去ったんだ」
「っ……」
「間に合わなかった。母に苦労ばかりさせて、何も返せなかった。もう頑張る意味はないと思ったよ。たった一人の家族を失い、あとはもう残りの人生を一人でただ消化していくだけだと思った」

 あまりにも悲しい出来事を背負っている彰史に、円香の瞳に涙が浮かび始める。だが、話を聞いただけの自分が泣いていいわけない。円香は必死に堪える。

「彰史さんっ……」
「当時の俺は随分と卑屈になったが、そんな俺を変えてくれたのも母だった」
「えっ?」
「一周忌にずっと手付かずだった母の荷物を整理していたら、日記を見つけたんだ。そこには俺のことがたくさん書かれていた。俺の体を心配して、俺の大学合格を喜んで、他にも日常の些細なことまで書かれていた。俺を想うたくさんの言葉が綴られていたんだ」

 彰史の母親の愛情の深さに円香は強く胸を打たれる。

「お母さまの大きな愛ですね」
「ああ、本当に愛されていたよ。日記には俺の将来に期待を寄せる言葉もあったんだ。俺はそれを見て、ここでくじけるのは母の期待を裏切ることだと気づいた。何としても成功して、その期待に応えたいと思った。だから、そこからはもう嘆き悲しむのはやめて、前に進み続けることだけを考えて生きてきた」

 彰史は淋しさを捨てたと言ったが、それは彰史が覚悟を決めた瞬間だったということなのだろう。円香には想像もできないくらいの強い思いで生きてきたに違いない。

 円香は彰史の頑張りを労わるように、奥にある彰史の手にそっと自分の手を重ねる。そのまま優しくその手を撫でさすれば、彰史はそっと手を反して、優しく円香の手を握り締めた。
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