妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
「こんなところまで呼びだして、また例の話か?」

 姿を見なくても声でわかってしまう。パーテーションを通しているからくぐもって聞こえるが、これは間違いなく彰史の声だ。

 盗み聞きしている状況に罪悪感が湧く。しかし、円香の存在は相川にしかわかっていないから、円香の様子が伝わるはずもなく、二人の会話はそのまま続いていく。

「決まってるでしょ。私は諦めてないから」
「何度言われても、俺の気持ちは変わらない。俺は日本を離れるつもりはないんだ」

 彰史のその言葉を円香は嬉しく思ってしまう。だが、相川が聞かせたい彼の本心とはこれではないだろう。円香は息をひそめ、会話の続きに耳を集中させる。

「それは円香さんのため? あるいは月花のため?」
「どちらのためでもあるが、俺のためでもある。そもそも俺には自分の会社があるんだ。簡単に行けるわけがないだろ?」
「時期は相談できるって言ったでしょ? それに会社を捨てる必要はないとも言ったわ。むしろ今回の件は彰史の会社にとっても都合がいいはず。別に四六時中あなたがいなくても、あなたの会社は回るでしょ?」
「それはそうだが――」
「ねえ、彰史。もしも結婚していなかったら、あなたは迷わずこの話を受けた。違う?」

 相川のその問いで彰史の返答が止まる。彰史が言葉に詰まるなんてこと、普通ならない。その沈黙はきっと肯定を意味している。

 これこそが相川が円香に教えたかった彰史の本心なのだろう。

「……そうかもしれないが、そんなタラレバの話をされても困る。円香と離れるつもりはないんだ。今の俺は行けない」
「今の、ねー……円香さんが理由なら、いっそのこと彼女も連れていけば?」

 それは円香の中にも芽生えつつあった第三の選択肢だ。

 もしかしたら彰史もその提案に乗ってくれるのではないかと円香は淡い期待を寄せるが、彰史が返した言葉はもっと優しいものであった。

「それはできない。大切な家族と引き離すわけにはいかないし、彼女にもやりたいことはある。俺のために、余計な苦労を強いるつもりはない」

 円香を想ってくれていることが伝わってきて、円香の胸は締めつけられる。彰史にとっては円香との関係はビジネス契約のようなものでしかないだろうに、夫婦というだけで、こんなにも大切にしてくれる。

 円香はそれが嬉しくて、そして、切ない。
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