妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
「……本当は、行ってほしくないっ。彰史さんと離れたくないっ」

 その本音と共に円香の目からは涙がこぼれだす。こんなところでみっともないと思うが、もう止まってはくれない。円香の意志では止められない。

 彰史は円香に対して大きなため息をついている。当然の反応だろう。自分勝手なことを言いだした円香に呆れているに違いない。

 彰史は円香の肩をしかと掴み、円香を叱りつけてくる。

「バカやろう! なぜもっと早くに言わない!」

 至極もっともな言葉だ。出発ギリギリにこんなことを言って、彰史を困らせている。

「っ……ごめんっ、なさいっ」
「離れたくないなら、なぜ別れるなんて言った?」

 円香が彰史と別れる決断をしたのも、彼と離れたくないのも、すべては一つの想いからだ。それはシンプルで混じりけのない確かな想い。けれど、それを言ったところで彰史をさらに困らせてしまうだけだと思うと、答える声は自然と小さくなる。

「……――だから」
「何だ? はっきり言え」

 円香の肩を掴む彰史の手に力がこもる。少しの痛みすら感じるほど強く掴まれ、真っ直ぐに目を覗き込まれたら、円香はもうあらがえない。

「……彰史さんが、好きだから! ……あなたの、足枷には、なりたくなかった」
「どうして足枷になると決めつけている? 俺が一度でもそんなこと言ったか?」
「……でも、アメリカ行きを断るって」
「それが円香のせいだと? 俺はそんなふうには言っていない。君が勝手に自分のせいだと決め込んで、俺を諦める道を選んだだけだろ? 所詮、君にとって俺はその程度の存在だったというわけだ」

 突き放すようなその言い方に胸が痛む。けれど、自分の想いを疑われることのほうが余程つらい。この気持ちだけは決して疑われたくない。

 円香の胸の真ん中奥深くに根付くこの気持ちを蔑ろにされたならば、もう我慢などできない。堰を切ったように想いが溢れだす。

「違うっ、違いますっ! そうじゃないっ……ただ、好きで。彰史さんが好きで……大切だから、諦めたのに……でも、やっぱり、本当は、離れたくないっ……」

 感情をあらわにする円香を彰史は驚くでもなく冷静に見つめている。円香の想いを受け止めるようにその目は決して円香から離れない。言いたいことを全部言えと、その瞳が促してくる。

 それならば、円香は諦めたもう一つの道を望みたい。
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