妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
 しばらくすると鉛筆を滑らせる音だけが響いていた空間に違う音が紛れ込んだが、集中していた円香はそれには気づかなかった。

「ただいま」
「え!?」

 突然近くから彰史の声が聞こえて、円香は驚き振り返る。そこには確かに彰史が立っていて、彼が帰宅したことを理解する。

 もうそんなに時間が経っていたのだろうかと時計を確認してみれば、彰史が家を出てからは一時間しか経っていない。彰史の帰宅が早かったのだ。

「おかえりなさい。早かったですね」
「ああ。すぐ終わる用事だったからな。円香は――絵を描いているのか?」
「はい……」

 歯切れの悪い返事になる。彰史が帰宅するまでには終わらせて、彼に見せるつもりはなかったのだ。こんなふうに知られることになるとは露ほども思っていなかったから、ここからの対応に悩む。

 どうしたものかと円香が戸惑う一方、彰史は後ろから円香の絵を覗き込んでいる。

「そんな趣味があるとは知らなかった。好きなのか?」
「そうですね。ずっと美術部に所属するくらいには」
「へー、そうなのか。見ても?」

 彰史は円香が今描いているものとは別のスケッチブックを指さして問うている。それは主に大学時代に使っていたスケッチブックだ。

 まさか彰史がそこまで興味を示すとは思わず、円香はさらに戸惑う。

「あー……えっと……はい。どうぞ」

 断るのは気まずくて、円香は結局スケッチブックを差し出した。
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