妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
 そのまま互いに無言でしばしの時が流れる。円香は再びデッサンに集中するが、彰史が最後の一枚まで確認したところで沈黙を破ったから、円香の意識はそちらへと移った。

「円香は大学を出ているんだったよな? 美大に行ったのか?」
「いえ。女子大の家政学部です。その……結婚することが決まっていたから、結婚後に役に立つものがいいと思って」

 大学受験する頃には朔也と結婚して専業主婦になる道が決まっていたから、円香は迷わずにその進路を選択したのだ。朔也と結婚することが円香の夢だったから、絵を描くことは好きでも、美大に行こうとはまったく思わなかった。

「なるほど。じゃあ、絵の仕事は考えなかったのか」
「そうですね。家庭に入ることに決まってましたから」
「そうか。もったいないな」
「え?」
「好きなことがあって、それに関する力もある。それなのに、それを活かす道に進まないのはもったいないだろ」

 円香の絵にそこまでの価値を見出すのは大仰だ。円香レベルの人間なんてそこら中にいるだろう。

「力なんて……趣味で描いていた程度ですから」
「俺の絵より遥かに上手いけどな」

 彰史は「借りても?」と言って鉛筆を持つと、紙の端のほうに何やら絵を描き始めた。

 長い耳と小さな鼻と髭。これはウサギだろう。目の位置が何とも言えないところにあってファニーな絵だ。
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