妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
「ふふ。このキャラクターも愛嬌がありますね」
「そうか? でも円香のほうが上手いのは一目瞭然だ。絵の仕事、少しも夢には見なかったのか?」
「うーん、憧れ程度には。たぶん、子供の頃の文集なんかには書いていたと思います」
「そうか、夢にはあったのか。だったら、今からでも挑戦してみればいいんじゃないか?」

 彰史のとんでもない返しに円香は目を見開く。専業主婦になる道しか考えておらず、美術系の学校に進んだわけでもない円香が今さらそこに進めるわけもないだろう。

「今からなんて……部活程度でしか学んでいませんし」
「学ぶことはいつだってできる。今から美大を目指したっていいし、美術系の専門学校に行くという方法もあるだろ」

 四年制大学を卒業し、そこからさらに一年が経とうとしているのに、今から学ぶというのはまた度肝を抜く提案である。

 そもそも円香はもう彰史と結婚して家庭を築いているのだから、今から学校に通うだなんてそんな我儘は許されないだろうと円香は思う。

「ええ? さすがにそれは……もう彰史さんと結婚していますし」
「俺との結婚は否定する理由にはならないだろ」
「でも……」
「君が夢のために学びたいと言うなら、俺にそれを止める権利はない。反対するつもりもない。まあ、相談くらいはしてほしいけどな」

 きっと家のことをちゃんとするならといった前提事項はあるのだろうが、それでもその選択肢を認めてくれるのは懐が深すぎやしないだろうか。

 もはや彰史が常識人どころか、優しい人に見えてくる。

「彰史さん……」
「別に無理にその道を勧めているわけではないからな。そういう道もあるだろうという話だ。円香の人生は円香のものだ。円香が好きに決めればいい」

 彰史はそれを言い残して、リビングを離れた。


 あの日、孝之助が円香に言ってくれたことと同じような言葉に、円香は胸がじんわりと温かくなる。円香の未来を照らしてくれたような気持ちになる。

 環境を変えたくて、新しい道を開きたくて決めた彰史との結婚だったけれど、円香の人生は円香が想像していたよりももっともっと自由なのかもしれないと円香は思った。彰史が思わせてくれた。

 円香は彰史にはもう聞こえないとわかっていながらも、「彰史さん、ありがとうございます」と小さく呟いた。
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