妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
 深く暗い闇の中を彷徨い続けて、いったいどれほどの時間が過ぎたのだろう。ふいに明るい色を感じたのは円香の目ではなくて、耳であった。

「円香。平気か?」

 現実へと意識が引き戻される。目の前には心配そうに円香を覗き込む彰史の姿。彰史が現実へ呼び戻してくれたらしい。

 円香の感覚では、少し考え込んでいたくらいのつもりだったが、時計を確認してみれば、時刻はもう夜に差しかかろうとしている。

「すみません、ぼーっとして。すぐにお夕飯の支度しますね」
「いや。今日は俺が作ろう」
「え?」
「今日は俺が作るから、円香はゆっくりしていろ」

 彰史がご飯を作るなんて言ったのはこれが初めてだ。ご飯も作れないくらい落ち込んでいると思わせたのかもしれない。

 円香は彰史に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ご心配おかけして、すみません。でも、大丈夫ですから」
「いいから、今日は甘えておけ。これでも家事は一通りできる」
「でも……」
「俺の作った料理は食べたくないか?」

 円香は慌てて首を横に振って否定する。

「いえ! そういうわけでは……」
「だったら俺が作るので問題ないだろ?」

 お願いするのは甘えすぎではないかと思うものの、彰史の手料理を食べてみたいという好奇心が顔を出して、円香は恐る恐るも彼の提案に乗ってみる。

「じゃあ……お願いしてもいいですか?」
「ああ。任せておけ」

 彰史はその言葉を体現するかのように、自信満々の笑みを浮かべている。なんだかその表情は円香を励ましてくれているようにも見える。円香は彰史の優しい気遣いに胸を温かくして、小さく笑みをこぼした。

 それからすぐに背を向けてキッチンへ向かいはじめる彰史。円香は慌ててその背に声をかけた。

「彰史さん」
「ん?」
「ありがとうございます」

 彰史は軽く笑みを見せると、またすぐに背を向けてキッチンへと消えていった。
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