妹に許婚を奪われたら、冷徹CEOに激愛を注がれました~入れ替え婚!?~
「すっきりしたか?」

 円香の涙が止まると、彰史は腕の力を弱め、円香の顔を覗き込んできた。

「はい。あの……ごめんなさい。泣いたりして」
「謝らなくていい。泣くほど苦しかったんだろ?」
「……わかりません」

 自分でもどうして泣いたのかをよくわかっていない。ただ一口食べたリゾットがあまりに美味しくて、彰史の気持ちが嬉しくて、心が刺激されたと思ったら、勝手に溢れだしていた。

「そうか。自分でわからないほど苦しかったんだな」

 ああ、そうか。自分はとても苦しかったのかと円香の頭がようやく理解する。たぶん、あの日からずっと蓋をしていた。向き合ったが最後、心が壊れてしまいそうで。

 初体験の日には強制的に心を暴かれて、それが一時的に表出したが、彰史の冷たい言葉に、結局は再び閉じ込めてしまった。

 それを今、彰史の優しい心遣いが円香の心を解放してくれたおかげで、円香はようやくつらい気持ちに向き合えたのだ。

「……そう、ですね。そうみたいです。でも、いっぱい泣いたら、すっきりしました。ありがとうございます。泣かせてくれて」

 彰史は小さく「ああ」と頷き、そっと円香をその腕から解放した。

「落ち着いたなら食事に戻るか」
「あ……冷めてしまいましたよね。せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい」
「別に温め直せばいいだけだ。君はどの時代に生きている? 電子レンジを知らないのか?」

 彰史が冗談を言うだなんて思ってもみなかったから、円香は一瞬ポカンとしてしまう。一拍置いて、彰史がわざとそんな問いをしたのだと理解すると、円香は自然と笑いをこぼしていた。

「え? ふふふっ。大丈夫です。ちゃんと知っています。温め直してきますね」
「いい。俺がやるから、円香は顔を洗ってこい」

 円香は両手でばっと顔を隠す。思いきり泣いたから、メイクも崩れてひどい顔になっていることだろう。今さらながら、その顔を彰史に晒していることが恥ずかしくなった。

「洗ってきますっ」

 円香はすぐに洗面所に行って顔を洗うと、ほんのりとだけ化粧を施してリビングへと戻る。円香が戻った頃には、彰史が食事を温め直してくれていて、円香は今度こそ満面の笑みを浮かべながら、美味しい食事に舌鼓を打った。
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