婚約解消直前の哀しい令嬢は、開かずの小箱を手に入れた
「こちらの木箱について、ルドヴィック殿下にご確認されてみてはいかがです?」
「そ、そうですね。いえ、でも……」

 エレオノーラは口ごもる。

 実はルドヴィックと会うこと自体、年々苦手になっていたのだった。
 たまに会えたとしても、ルドヴィックの冷たい瞳がこちらを見れば、たちまち身体は強ばった。その威圧感に負けてしまって、彼に話したかったことも伝えたい気持ちも、すべて口にする前に飲み込んでしまう。

 こんなことでは先が思いやられる――最近では、本当に婚約解消されたほうが良いのかもしれないと自己嫌悪に陥るまでになっていた。
 そんな後ろ向きな彼女に、セルギウスも気づいていたのだろう。彼はひとつため息をつくと、改めてエレオノーラへと向き直った。

「なにを迷っておいでですか。昔はあんなに仲睦まじかったではありませんか。たまにはエレオノーラから訪ねれば良いのです。ルドヴィック殿下もきっとお喜びになるでしょう」
「……本当にそうでしょうか。私はそう思いません」
「エレオノーラ……」
「セルギウス様もご存知でしょう? ルドヴィック殿下の心変わりを。幼い頃は行き来も頻繁で、殿下も私に笑顔を見せて下さいました。けれどもう、今は……」

 言葉に詰まったエレオノーラの頬に、一筋の涙がつたう。
 
 いつの間にか、セルギウスの前で泣いてしまっていたらしい。ぽたりとこぼれ落ちた涙が、研究室の床にシミを作る。
 一度昔を懐かしめば、今の寂しさを抑え込むことに耐えられなくて――後から後から、あふれる涙は止まらなくなってしまった。

 
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