サンライズ
第1話
「吾妻たいようくん?」机を挟んで私の向かい側に座る彼女が尋ねた。
良く晴れた私の記念すべき大学生初日。30人ほどで構成された少人数制の授業では、3人ずつに分かれて自己紹介が行われている。
私も含めみんなが緊張していることは当然だ。
「違います。なんて読むと思います?」
私の隣にいる彼は『吾妻太陽』と書かれた自己紹介カードを私たちに見せながら、にこにこしている。なんて読むのかわからない『太陽』の送り仮名を手で隠しながら。
「太陽っていう漢字でしょ?じゃあ、ひなたとか?」
また彼女が言った。人差し指を立てながら自信ありげに答える彼女はまるでクイズ番組の挑戦者のようだ。
「違います。たいようもひなたも違うんです。どうですか、なんて読むと思います?」
当然、次に振られたのは私だった。太陽と書いて『たいよう』も『ひなた』も違う。なんて読むのかわからないふりをして答えた。
「うずひ君、かな?」
もちろん、私はそこまで勘の良い人間じゃない。わかったのは偶然、自己紹介カードの送り仮名が見えたからだ。
そんなことは知らず、彼の目はアニメの主人公みたいに大きくなる。
「そうです!僕、『あずまうずひ』っていうんです。よくわかりましたね。初見で僕の名前わかった人初めてですよ」
少し興奮した様子で彼は私を直視してくる。もう一度言うけれど、知っていたわけではない。私はそんなに博識でもない。
「太陽って書いてうずひだなんて、すごく珍しくない?」
向かい側にいる彼女は言う。
「太いという感じは『うず』とも読むんですよ」
「そうなんだ。大学生初日に学びがあったわ。それにしてもよくわかったね」
「なんだかそういう気がして。ねえ、名前聞いてもいい?」
「私?私は丸山那緒。『なお』って呼んで。趣味はー、服を買うことかな?アパレルショップのバイトをしてるから。ぜひ今度おいでよ」
道理で。那緒ちゃんはかわいくてすごくおしゃれだった。俗にいう一軍女子というものだろうか。
「那緒ちゃんね。私は岩本新葉。じゃあ、私も『わかば』って呼んで。趣味は絵を描くこと。特に風景を描くことが好き」
「あ、僕もそういうの好きです。絵はへたくそですから描かないですけど」
「太陽君も好きなんだ。観に行くのが好きってこと?」
「きれいな風景を見るのも好きですが僕は写真ですね。昔からの趣味なもので」
「そうなんだ。カメラとかってお金かかりそうなイメージだわ」
那緒ちゃんが腕を組みながら言う。確かにカメラを買ったり、その他いろいろなものを準備したりでお金がかかりそうだ。確かレンズが高いって聞いたことがあるような気がする。
そういう私も、キャンバスや色鉛筆にお金をかけているわけなのだけど。どれも結構なお値段がするのだ。
「でも珍しいね。好きなものが似ている二人が最初の自己紹介で集まるなんて。それもかなりレアな趣味だし」
「確かに。似た者通しはひかれあう、みたいな」
言った瞬間、那緒ちゃんの口角が上がる。那緒ちゃんの笑みを理解して数秒後、急激に恥ずかしくなった。多分顔も赤くなっている。
「お、いきなり恋の始まりかぁ?」
「ちょっと、やめてよ那緒ちゃん」
そんな女子2人の会話を、太陽君はまるで仏様のようなまなざしで見ていた。私たちは数か月前まで高校生だったわけだから、大人過ぎない?と心の中でつっこむ。大学生になってテンションが上がっているのは私たちだけなのだろうか。
「ところでみんなは1人暮らし?それとも実家暮らし?」
笑い終えた那緒ちゃんが話題を変えた。これも高校生のころにはなかった話だ。
「ちなみに私は実家暮らし。電車で30分ぐらいのところに家があるから」
「実家かぁ。家近くていいな。私は家遠いから1人暮らしだよ」
「僕も1人暮らしです」
「2人とも一人暮らしで羨ましい。私も1人暮らししたかったけど、親が許してくれないんだよね」
「でも一人だと寂しいよ?朝起きたら当然だけど一人だし、私しかいない部屋におはよって毎日言ってる」
「いや、朝起きたときに誰かいたら怖いでしょ」
「まあ、確かに。でも寂しいものは寂しい!太陽君もそう思わない?」
「僕はあんまり思わないですね。実家でも、一人のことが多かったので」
「そうなんだ。人によってそれぞれなのかな」
教室にはほかにも人がいるはずなのに、初めての大学はすごく静かだ。そんな空気が余計に私たちの場をしんみりさせる。
「はい、では今日の授業はここまで。今回はガイダンスと自己紹介だけでしたが、来週からは本格的な講義になりますからね。ちゃんと予習しておいてください。では、解散です」
教授の声が教室に響き、しんみりした空気はかき消されていった。ひとまずほっとし、周りを見るとみな帰る準備を始めている。
「ねえ、太陽と新葉は今から授業とか予定ある?」
トートバッグを肩に下げながら那緒ちゃんが聞いてきた。
「私は何もないよ」
「僕もないです」
「よかった。大学図書館の近くにカフェがあるでしょ?あそこ、一緒に行ってみない?」
「え、行きたい!気になってたの」
「僕は、どうしよう」
太陽君の渋った顔を見て、思わず言ってしまう。
「行こうよ。せっかくみんな時間あるわけだし」
「そうだよ。それに新作のパフェすごくおいしいらしいよ。リンゴとイチゴだってさ」
「リンゴのパフェか。それなら食べてみたいな」
なるほど、太陽君はリンゴが好きなのか。ちなみに私はイチゴが大好きで、リンゴは普通だ。どうでもいいけど。
「じゃあ決まり!期間限定だから、今日しかチャンスないかもよ」
「それって今日までなんですか?」
せっかく来てくれることになった太陽君を無視して那緒ちゃんが私にウインクしてくる。いや、だから違うってと思いつつ私もウインクを返しておく。なんだか意味深になったような気がするけど多分気のせいだ。
良く晴れた私の記念すべき大学生初日。30人ほどで構成された少人数制の授業では、3人ずつに分かれて自己紹介が行われている。
私も含めみんなが緊張していることは当然だ。
「違います。なんて読むと思います?」
私の隣にいる彼は『吾妻太陽』と書かれた自己紹介カードを私たちに見せながら、にこにこしている。なんて読むのかわからない『太陽』の送り仮名を手で隠しながら。
「太陽っていう漢字でしょ?じゃあ、ひなたとか?」
また彼女が言った。人差し指を立てながら自信ありげに答える彼女はまるでクイズ番組の挑戦者のようだ。
「違います。たいようもひなたも違うんです。どうですか、なんて読むと思います?」
当然、次に振られたのは私だった。太陽と書いて『たいよう』も『ひなた』も違う。なんて読むのかわからないふりをして答えた。
「うずひ君、かな?」
もちろん、私はそこまで勘の良い人間じゃない。わかったのは偶然、自己紹介カードの送り仮名が見えたからだ。
そんなことは知らず、彼の目はアニメの主人公みたいに大きくなる。
「そうです!僕、『あずまうずひ』っていうんです。よくわかりましたね。初見で僕の名前わかった人初めてですよ」
少し興奮した様子で彼は私を直視してくる。もう一度言うけれど、知っていたわけではない。私はそんなに博識でもない。
「太陽って書いてうずひだなんて、すごく珍しくない?」
向かい側にいる彼女は言う。
「太いという感じは『うず』とも読むんですよ」
「そうなんだ。大学生初日に学びがあったわ。それにしてもよくわかったね」
「なんだかそういう気がして。ねえ、名前聞いてもいい?」
「私?私は丸山那緒。『なお』って呼んで。趣味はー、服を買うことかな?アパレルショップのバイトをしてるから。ぜひ今度おいでよ」
道理で。那緒ちゃんはかわいくてすごくおしゃれだった。俗にいう一軍女子というものだろうか。
「那緒ちゃんね。私は岩本新葉。じゃあ、私も『わかば』って呼んで。趣味は絵を描くこと。特に風景を描くことが好き」
「あ、僕もそういうの好きです。絵はへたくそですから描かないですけど」
「太陽君も好きなんだ。観に行くのが好きってこと?」
「きれいな風景を見るのも好きですが僕は写真ですね。昔からの趣味なもので」
「そうなんだ。カメラとかってお金かかりそうなイメージだわ」
那緒ちゃんが腕を組みながら言う。確かにカメラを買ったり、その他いろいろなものを準備したりでお金がかかりそうだ。確かレンズが高いって聞いたことがあるような気がする。
そういう私も、キャンバスや色鉛筆にお金をかけているわけなのだけど。どれも結構なお値段がするのだ。
「でも珍しいね。好きなものが似ている二人が最初の自己紹介で集まるなんて。それもかなりレアな趣味だし」
「確かに。似た者通しはひかれあう、みたいな」
言った瞬間、那緒ちゃんの口角が上がる。那緒ちゃんの笑みを理解して数秒後、急激に恥ずかしくなった。多分顔も赤くなっている。
「お、いきなり恋の始まりかぁ?」
「ちょっと、やめてよ那緒ちゃん」
そんな女子2人の会話を、太陽君はまるで仏様のようなまなざしで見ていた。私たちは数か月前まで高校生だったわけだから、大人過ぎない?と心の中でつっこむ。大学生になってテンションが上がっているのは私たちだけなのだろうか。
「ところでみんなは1人暮らし?それとも実家暮らし?」
笑い終えた那緒ちゃんが話題を変えた。これも高校生のころにはなかった話だ。
「ちなみに私は実家暮らし。電車で30分ぐらいのところに家があるから」
「実家かぁ。家近くていいな。私は家遠いから1人暮らしだよ」
「僕も1人暮らしです」
「2人とも一人暮らしで羨ましい。私も1人暮らししたかったけど、親が許してくれないんだよね」
「でも一人だと寂しいよ?朝起きたら当然だけど一人だし、私しかいない部屋におはよって毎日言ってる」
「いや、朝起きたときに誰かいたら怖いでしょ」
「まあ、確かに。でも寂しいものは寂しい!太陽君もそう思わない?」
「僕はあんまり思わないですね。実家でも、一人のことが多かったので」
「そうなんだ。人によってそれぞれなのかな」
教室にはほかにも人がいるはずなのに、初めての大学はすごく静かだ。そんな空気が余計に私たちの場をしんみりさせる。
「はい、では今日の授業はここまで。今回はガイダンスと自己紹介だけでしたが、来週からは本格的な講義になりますからね。ちゃんと予習しておいてください。では、解散です」
教授の声が教室に響き、しんみりした空気はかき消されていった。ひとまずほっとし、周りを見るとみな帰る準備を始めている。
「ねえ、太陽と新葉は今から授業とか予定ある?」
トートバッグを肩に下げながら那緒ちゃんが聞いてきた。
「私は何もないよ」
「僕もないです」
「よかった。大学図書館の近くにカフェがあるでしょ?あそこ、一緒に行ってみない?」
「え、行きたい!気になってたの」
「僕は、どうしよう」
太陽君の渋った顔を見て、思わず言ってしまう。
「行こうよ。せっかくみんな時間あるわけだし」
「そうだよ。それに新作のパフェすごくおいしいらしいよ。リンゴとイチゴだってさ」
「リンゴのパフェか。それなら食べてみたいな」
なるほど、太陽君はリンゴが好きなのか。ちなみに私はイチゴが大好きで、リンゴは普通だ。どうでもいいけど。
「じゃあ決まり!期間限定だから、今日しかチャンスないかもよ」
「それって今日までなんですか?」
せっかく来てくれることになった太陽君を無視して那緒ちゃんが私にウインクしてくる。いや、だから違うってと思いつつ私もウインクを返しておく。なんだか意味深になったような気がするけど多分気のせいだ。