サンライズ
第4話
起きたのは朝7時だというのに、大学へ着いたのは9時少し前だった。
どんよりとした曇り空の下、キャンパス内ではせわしなく学生が歩いている。中には走っている人も。
週に1回しか来なくてもいい大学はなんだかすごく懐かしいように感じた。1年前までは毎日大学に来て、みんなで授業を受けていたことを思うと、やはり少し寂しくなる。『卒業』の2文字が頭に浮かぶからだ。
「おはよー」いつもの場所でスマホをいじりながら待っている那緒に話しかけた。
「おはよ、っていうか遅い!もう授業まで5分しかないじゃん」
「ごめんごめん。ちょっとだけ寝坊しちゃって」
「もう、あの授業、人多すぎて後ろの席確保できないんだから」
「じゃあ急がなきゃ」
結局私たちも走ることになり、急いで授業のある建物へと向かう。案の定、講義室ではたくさんの学生が座っていて、見たところ空いている席は前の方しかなかった。
ほら言ったじゃん、と那緒は文句を言いながら前の方へと移動して席に座った。
「ま、集中して授業受けることできるでしょ?」
「そういう問題じゃない。私は後ろから誰かに見られてるって言うのが嫌なの」
「別に誰も見てないって」
「そんなのわかんないじゃん。もしかしたら芸能事務所のスカウトの人が見てるかも」
「そんなわけ。でも、それだったら一番前に座ってスカウトされるべきだよ」
「いやだ。芸能の世界なんかに興味はないね」
いやそういう問題じゃなくてと心の中でつっこみ、私はバッグから教科書を出した。すでに教授は教室内にいて、なにやらパソコンをいじっていた。
そしてチャイムが鳴り授業が始まる。別に可もなく不可もなくといった普通の授業は90分の時間があるにもかかわらず、すぐに過ぎた。
チャイムが鳴る前に授業は終わり、学生たちが講義室を出ていく中、私は隣で爆睡している那緒を起こした。
意外に早く終わったね、と同じような感想を言いながら那緒は起きた。まったくもって私の思う意味とは違うけれど。それから私たちも講義室を出て、大学内にあるカフェへと向かった。
メニュー表を見ずにいつも通りのメニューを選んだ。よくもまあ飽きないねと那緒に言われながら私は
リンゴパフェとブレンドコーヒーを注文する。このセットは2年前から、私の鉄板メニューとなっている。
何度も見たリンゴパフェはやっぱりおいしそうで、お腹が空いていない状態でも食べようという気持ちにさせてくれた。
「そのパフェ、もともとは期間限定だったけど、レギュラーメニューになってよかったよね。あのときは確かイチゴとリンゴだったっけ。普通はイチゴがレギュラーメニューになりそうなのに」
珍しくアイスティーだけを頼んだ那緒が言う。
「確かに。でもリンゴのパフェってちょっとレアだから残しとこってなったんじゃない?それにリンゴは1年中食べることができるし」
「そうなの?ていうかすごく話しは変わるけど今日の授業さ、正直何言ってるか全然わからなくない?
いくらお世話になった教授だからってあの授業を取る必要はなかったじゃん」
「いや、那緒寝てたでしょ」
「睡眠学習してた、って言うのは嘘だけど、資料見たらなんとなく内容分かるじゃん、ふつうは。でも、配られた資料見ても全然何言ってるかわからん」
「ちゃんと聞いてたらわかるって。結構資料に書いていないこと言ってたから」
「ほんとに?いくらお世話になった教授だからってあの授業を取る必要はなかったでしょ」
「まあ、まあ。別に私たちこのままでも卒業できるでしょ?大学最後の授業だと思って楽しく受けよう
よ」
「なんでそうポジティブに変換するのよ…。教科書だって買わされたんだよ?それも3000円ちょっと!あんたが食べてるパフェ、10回食べることできるんだよ⁉」
「最近は値上がったから、8回しか買えないね」
「いやそこ?3000円あればいろんなことできるっていう例えだよ」
「ふふ、わかってるよ」
小さめのスプーンでパフェをすくいながら答える。
「まあいいや。もう買っちゃったし。そういえば今日もあの高台に行くの?」
少しだけ私の鼓動が早くなる。
「うんその予定。今日は曇っているから雰囲気は微妙だけど」
「ま、雨じゃなくてよかったよね。今日は降らないみたいだし」
カフェの窓から空を眺める。家を出たときに比べると少しばかり空は明るくなっていた。一応天気予報アプリを開いて確認しておく。明日の昼頃までは天気が持つみたいだ。アプリを閉じ、ついでだからあのグループも確認しておく。何も送られていないことはわかっている。そう思ったけれど1件だけ、何かが送信されていた。持っていたスプーンを置き、少し震える手をどうにか抑えながらグループを見る。けれど、グループにあるメッセージは那緒から送られているものだった。
『いい加減立ち直って、現実を見て』
顔を上げると那緒は少し微笑んで、でも目は笑っていなかった。
「ねえ、新葉。私の前では無理しなくていいんだよ?笑っている顔も作り笑いなのバレバレだし、辛いでしょ。ほかの人にはそうする必要があるのかもしれないけれど、私たち親友でしょ?親友の前で偽りの表情をしてどうするのよ。それに私も無理してる新葉を見るのは嫌だし」
作り笑いが急速に引きつっていくのを感じる。やっぱり那緒だけはごまかすことができないらしい。
「ごめん。そうだよね。自分でもわかっているんだけど」
「ずっと言ってることだけどさ、もうあいつのことは忘れなよ。どういう事情があったかは知らないけど、お別れもなしにどっか行くなんて。今の新葉は自分の時間を無駄にしているだけだと思うな」
「わかってる。わかってるんだけどね。頭の片隅にずっと残り続けるの。でも大丈夫。もうすぐ社会人だし、その時までには忘れるよ」
自分で言いながら、そんな事できっこないと常々思う。
「そう」
これ以上、那緒は彼に関して何も言ってこなかった。その代わりに那緒は明るい声で言う。
「そういえば、今度駅の方に新しいカフェができるって知ってる?今度時間ある日に行こうよ」
「ほんとに?行きたい!」
こういう切り替えが那緒は上手だ。何回も私は那緒に救われている。彼と別れて、立ち直れない日々が続いても那緒はずっと寄り添ってくれた。
「新葉はまだここにいる?私、今日バイト入っててさ。新人の子の研修とかしないといけなくて大変なのよ。ちなみに新しい1回生の子は結構イケメン。私の好みではないけど」
「ほんとに?那緒に研修されるその子かわいそう」
「ちょっと、なんてこと言うの。私が研修担当だなんてラッキーよ?ちょっと言い方きついくらいだから」
「いやもうパワハラじゃん」
「ギリセーフだから問題ありませーん。まあ、また店に来てよ。新作の大人っぽい服も入ってきたから。私の紹介から買えば割引になるし歩合給も貰えるのよ」
「わかったわかった。ほら、そろそろ行かないと遅れるよ」
アルバイト先の愚痴を言う那緒とバス停まで行き、そこで別れた。
どんよりとした曇り空の下、キャンパス内ではせわしなく学生が歩いている。中には走っている人も。
週に1回しか来なくてもいい大学はなんだかすごく懐かしいように感じた。1年前までは毎日大学に来て、みんなで授業を受けていたことを思うと、やはり少し寂しくなる。『卒業』の2文字が頭に浮かぶからだ。
「おはよー」いつもの場所でスマホをいじりながら待っている那緒に話しかけた。
「おはよ、っていうか遅い!もう授業まで5分しかないじゃん」
「ごめんごめん。ちょっとだけ寝坊しちゃって」
「もう、あの授業、人多すぎて後ろの席確保できないんだから」
「じゃあ急がなきゃ」
結局私たちも走ることになり、急いで授業のある建物へと向かう。案の定、講義室ではたくさんの学生が座っていて、見たところ空いている席は前の方しかなかった。
ほら言ったじゃん、と那緒は文句を言いながら前の方へと移動して席に座った。
「ま、集中して授業受けることできるでしょ?」
「そういう問題じゃない。私は後ろから誰かに見られてるって言うのが嫌なの」
「別に誰も見てないって」
「そんなのわかんないじゃん。もしかしたら芸能事務所のスカウトの人が見てるかも」
「そんなわけ。でも、それだったら一番前に座ってスカウトされるべきだよ」
「いやだ。芸能の世界なんかに興味はないね」
いやそういう問題じゃなくてと心の中でつっこみ、私はバッグから教科書を出した。すでに教授は教室内にいて、なにやらパソコンをいじっていた。
そしてチャイムが鳴り授業が始まる。別に可もなく不可もなくといった普通の授業は90分の時間があるにもかかわらず、すぐに過ぎた。
チャイムが鳴る前に授業は終わり、学生たちが講義室を出ていく中、私は隣で爆睡している那緒を起こした。
意外に早く終わったね、と同じような感想を言いながら那緒は起きた。まったくもって私の思う意味とは違うけれど。それから私たちも講義室を出て、大学内にあるカフェへと向かった。
メニュー表を見ずにいつも通りのメニューを選んだ。よくもまあ飽きないねと那緒に言われながら私は
リンゴパフェとブレンドコーヒーを注文する。このセットは2年前から、私の鉄板メニューとなっている。
何度も見たリンゴパフェはやっぱりおいしそうで、お腹が空いていない状態でも食べようという気持ちにさせてくれた。
「そのパフェ、もともとは期間限定だったけど、レギュラーメニューになってよかったよね。あのときは確かイチゴとリンゴだったっけ。普通はイチゴがレギュラーメニューになりそうなのに」
珍しくアイスティーだけを頼んだ那緒が言う。
「確かに。でもリンゴのパフェってちょっとレアだから残しとこってなったんじゃない?それにリンゴは1年中食べることができるし」
「そうなの?ていうかすごく話しは変わるけど今日の授業さ、正直何言ってるか全然わからなくない?
いくらお世話になった教授だからってあの授業を取る必要はなかったじゃん」
「いや、那緒寝てたでしょ」
「睡眠学習してた、って言うのは嘘だけど、資料見たらなんとなく内容分かるじゃん、ふつうは。でも、配られた資料見ても全然何言ってるかわからん」
「ちゃんと聞いてたらわかるって。結構資料に書いていないこと言ってたから」
「ほんとに?いくらお世話になった教授だからってあの授業を取る必要はなかったでしょ」
「まあ、まあ。別に私たちこのままでも卒業できるでしょ?大学最後の授業だと思って楽しく受けよう
よ」
「なんでそうポジティブに変換するのよ…。教科書だって買わされたんだよ?それも3000円ちょっと!あんたが食べてるパフェ、10回食べることできるんだよ⁉」
「最近は値上がったから、8回しか買えないね」
「いやそこ?3000円あればいろんなことできるっていう例えだよ」
「ふふ、わかってるよ」
小さめのスプーンでパフェをすくいながら答える。
「まあいいや。もう買っちゃったし。そういえば今日もあの高台に行くの?」
少しだけ私の鼓動が早くなる。
「うんその予定。今日は曇っているから雰囲気は微妙だけど」
「ま、雨じゃなくてよかったよね。今日は降らないみたいだし」
カフェの窓から空を眺める。家を出たときに比べると少しばかり空は明るくなっていた。一応天気予報アプリを開いて確認しておく。明日の昼頃までは天気が持つみたいだ。アプリを閉じ、ついでだからあのグループも確認しておく。何も送られていないことはわかっている。そう思ったけれど1件だけ、何かが送信されていた。持っていたスプーンを置き、少し震える手をどうにか抑えながらグループを見る。けれど、グループにあるメッセージは那緒から送られているものだった。
『いい加減立ち直って、現実を見て』
顔を上げると那緒は少し微笑んで、でも目は笑っていなかった。
「ねえ、新葉。私の前では無理しなくていいんだよ?笑っている顔も作り笑いなのバレバレだし、辛いでしょ。ほかの人にはそうする必要があるのかもしれないけれど、私たち親友でしょ?親友の前で偽りの表情をしてどうするのよ。それに私も無理してる新葉を見るのは嫌だし」
作り笑いが急速に引きつっていくのを感じる。やっぱり那緒だけはごまかすことができないらしい。
「ごめん。そうだよね。自分でもわかっているんだけど」
「ずっと言ってることだけどさ、もうあいつのことは忘れなよ。どういう事情があったかは知らないけど、お別れもなしにどっか行くなんて。今の新葉は自分の時間を無駄にしているだけだと思うな」
「わかってる。わかってるんだけどね。頭の片隅にずっと残り続けるの。でも大丈夫。もうすぐ社会人だし、その時までには忘れるよ」
自分で言いながら、そんな事できっこないと常々思う。
「そう」
これ以上、那緒は彼に関して何も言ってこなかった。その代わりに那緒は明るい声で言う。
「そういえば、今度駅の方に新しいカフェができるって知ってる?今度時間ある日に行こうよ」
「ほんとに?行きたい!」
こういう切り替えが那緒は上手だ。何回も私は那緒に救われている。彼と別れて、立ち直れない日々が続いても那緒はずっと寄り添ってくれた。
「新葉はまだここにいる?私、今日バイト入っててさ。新人の子の研修とかしないといけなくて大変なのよ。ちなみに新しい1回生の子は結構イケメン。私の好みではないけど」
「ほんとに?那緒に研修されるその子かわいそう」
「ちょっと、なんてこと言うの。私が研修担当だなんてラッキーよ?ちょっと言い方きついくらいだから」
「いやもうパワハラじゃん」
「ギリセーフだから問題ありませーん。まあ、また店に来てよ。新作の大人っぽい服も入ってきたから。私の紹介から買えば割引になるし歩合給も貰えるのよ」
「わかったわかった。ほら、そろそろ行かないと遅れるよ」
アルバイト先の愚痴を言う那緒とバス停まで行き、そこで別れた。