サンライズ

第6話

2年前、


仲良くなった私たちはよくこの高台に来た。私は絵を描き、太陽はカメラで写真を撮っていた。那緒が言っていたように私たちは本当に気の合う友達だった。


けれど、彼は決して友達以上の関係になろうとはしなかった。いつも私と少し距離を置く。見えないけれどまるで薄い膜があるみたいに。私が君付けをやめても、太陽は私のことを新葉さんと呼び続けたし、敬語がなくなることもなかった。


そして、太陽はカメラで人を撮ることがなかった。どうしてなのかはわからないけれど、いつもあのグループに送られてくる写真や動画に人は決して写らない。わけを聞いても太陽は理由を濁して答えた。


そして私たちが大学2年生の時、太陽は突然姿を消した。何も言わずにいなくなってしまった太陽を私は必死に探したけれど、結局何も分からなかった。


那緒はいつも太陽のことを忘れろと言う。けれど、そんなのできっこない。


今でも、毎日私と那緒と太陽が入っている3人のグループに何かが送られていないか確認している。


そんなことをしても意味がない。


わかっている。


わかっているのにどうしても期待してしまう。またあの時みたいに、現実を超えるほどのきれいな写真が送られてこないか。


そしてついに、その写真を見ることができるかもしれない時がやってきた。


今、私が持っているこのカメラは正真正銘、太陽が使っていたカメラに間違いない。


けれど、私は怖い。


この中身を見たらすべてが終わってしまうような気がする。この中に何が入っているのかなんて見当もつかない。那緒に相談してみようかとも思った。けれど、もしも本当に太陽が私に残したものであるならば、これを最初に見なければならないのは私だ。


カメラとキャンバス、色鉛筆をしまい、少し重くなったバッグを持って私は家に帰ることにした。


帰ってこの中身を見よう。そう決意したことで自然と足が速く進む。


いつも通っているはずの道のりが、なぜか初めて通るように思えた。最後には少し小走りみたいになりながらマンションまで帰った。金属の嫌な音を立てるドアを開け、私は靴を雑に脱ぎ捨ててパソコンとカメラをつないだ。


そこには1本の動画と50枚以上の写真があった。


動画には『新葉へ、絶対に最初に見て』とタイトルが書いてある。


写真を先に見たかったけど、言うとおりに動画を見ることにした。


キーボードを操作し、動画をクリックする。


少しのロードの後、パソコンの画面いっぱいに動画が映る。


そこには少しやせ細った太陽の姿があった。


場所はおそらく病院だ。


『あ、あ。聞こえているでしょうか。聞こえていなかったらやり直しだけどやり直している時間はないな。一応確認』


そこで一度太陽はカメラの前から姿を消した。カメラが少し揺れ、ボタンが鳴る音がかすかに聞こえる。


太陽の姿を見るだけで、みるみる視界がにじんでいく。


カメラがもとの位置に戻され、太陽がまた映る。


『はい、ちゃんと聞こえていました。

お久しぶりです、新葉さん。

いや、自分には正直になった方がいいな。

久しぶり、新葉。新葉って呼んで大丈夫?彼氏さんとかいない?もしいたらその人に怒られそうだけど、新葉って呼びたい。間違ってもほかの誰かには見せないように。すごく恥ずかしいから。

元気?僕は、まぁあまり元気とは言えないけれど、心はすごく元気。

まずは最初に言わせてほしい。

本当にごめん。何も言わずに姿を消しちゃって。なんだか姿を消すって言うとすごく大げさだけど、新葉の前からいなくなったのだから表現は合っていると思う。

この動画を見ているってことは、もう分かっていると思うけれど、僕は病気です。ずっと持病があって、それを隠してた。実を言うと、浪人したのもこの持病が原因なんだ。どうしても安静にする期間が必要で1年だけ受験するのが遅れた。

でもよかったと思う。新葉に会えたから。

これは偶然なのかな。

僕が思うに、これは運命が引き寄せた必然なのかも。

那緒さんに会えたこともね。おまけみたいに言うとまた怒られそうだから、これは秘密にしといて。

実は今から手術を受けるのだけれど、正直無駄な抵抗だと思う。僕は医学に詳しいわけではないけれど、医師や両親の表情を見ていたらわかる。実際に成功率は高くないと言われたからね。だからこの動画を撮ってる。

こう思うと僕は愚かだよ。病気を知られたくなくて、人を失うつらさを新葉に知ってほしくなくて、姿を消したのに。結局はこの動画を撮ってる。本当にぎりぎりまで悩んだ。でも、どうしても新葉に伝えたくて。今の、いや新葉に会ってからずっと思っていた僕の気持ちを。




ー好きだよ、新葉。愛してる。ー




重すぎる表現だと思うけど、僕にはこの表現しかできない。もし彼氏さんがいたり、気持ち悪いと思ったらこの動画を止めて捨てていいから。

でも、もしも……。

ごめん、なんだか言葉が出ないや。

まだこの動画を見てくれるなら、それ以上の幸せはないよ。

できるなら新葉にもう一度だけ会いたい。叶わない夢だけど、望んでしまうな。

もっと新葉と一緒に過ごしたかった。カフェに行ったり、その何だろう、デートっていうものに行ってみたり、できれば旅行にも行ってみたり。

だから、あの高台で過ごした日々は本当に楽しかった。

でも、楽しかったで終わらせなくちゃいけないと思った。

僕は知っているんだよ。人を失うつらさを。誰もが絶対に失う愛がある。例えば両親だったり、祖父母だったり。これは絶対だよね。もしかすると兄弟姉妹もかもしれない。よっぽど僕みたいに早く死ぬわけじゃなかったら。新葉だってその愛を失うことは決まっている。だから、もし僕が新葉に今の気持ちを伝えたら、新葉はもう一つつらい思いをすることになる。それは避けたかったんだ。

だけど、結局はこの動画を撮ってる。やっぱり愛には逆らえないんだな。

実はさ、那緒さんから聞いていたんだよ。新葉が僕のことを好きだと思ってくれているって。

もうそれは本当にうれしかった。その日は家に帰ってから心臓の鼓動がずっと早かったことを今でも覚えてる。

でも、やっぱりだめだと思ってその時は素気無い態度をとった。本当にごめん。

この後写真を見てほしいけど、実は写真をたくさん撮っていたんだ。あのグループに送るのは恥ずかしくて送っていないけどね。

けれど、見てほしい。

僕はずっとカメラのレンズに人を入れることが怖かった。新葉はどうして人を撮らないのかって何回も聞いてきたよね。

実は、僕には7歳の弟がいたんだけど、僕が中学1年の時だ。弟は交通事故で亡くなった。ちょうど公
園で遊んでいた時に。

僕はいつも通りカメラで弟を撮っていた。でも、弟が遊んでいたボールが公園の外に出て、それを追いかけた弟はトラックにひかれた。

トラックは絶対に止まることができない状況だったし、視界の悪い場所だったから悪いのは飛び出した弟だ。

でも、もし僕がレンズを覗いていなかったら?

そう考えるとさ。やっぱり引きずるんだよ。

それからしばらくはカメラを触るのはやめた。けれど、やっぱりカメラに触りたくなって、あの現実を超えるような写真を撮りたくてまた撮るようになった。

けれど、レンズに人が映ると恐怖が僕を襲うんだ。

また同じことが起こるんじゃないかって。

だから僕は自然な風景とか、人が入りこまないように写真を撮るようになった。

これがカメラに人を入れない理由。

けれど例外が1つだけあった。

新葉だけは、なぜか恐怖を感じないんだ。

レンズに新葉を写しても、怖いどころかなぜか逆に撮りたくなる。

変だよね。矛盾してる。

僕がレンズを覗いていたせいで大切な人が亡くなったのに。

なんだか新葉が大切な人ではないみたいだ。

けれど、たぶんそれは逆なんだと思う。

もう僕は死ぬことがわかっているから、少しでも多く新葉を記録に残したいんだと思う。

僕の記憶だけではなくて、記録に。

この写真は『吾妻太陽』が撮ったものだって。

僕にとって記録こそ記憶だからさ。

やっぱり変なのかな、この感情って。

まあ、感情は人それぞれだし、こういう風に思う人もいるんだって思ってよ。

もう1回言うけど、気持ち悪かったらこの動画見なくていいからね。まあ、もしそういう風に思っていたらここまで見てないか。

そう思うと少しショックだな。

まあいいや。

聞いてくれていると信じて、この動画と写真を『岩本新葉』に送ります。

那緒さんにもよろしくって伝えてね。ごめんって言っていたとも。

あとはこの動画を新葉に渡してくれた文也にもだな。何の情報もなかったのによく渡してくれました。

本当にありがとう。これも伝えておいてくれると嬉しい。

え、もう時間ですか?わかりました。

あ、今のは看護師さんね。今から手術なんだ。さっきも言ったけどあんまり期待してないよ。手術は試験的な意味合いもあるそうだから。

でも、新葉は信じておいてよ。ほんの数パーセントだけ、僕が助かるかもしれないって。そう思うとなんだか僕も手術が成功するかもしれないって思えてきた。

大切な人って本当に不思議だ。ちょっと考えるだけで心臓の鼓動が早くなるし、考えも価値感さえも変わる。

ああ、生きたい。後悔はないけど未練ならたくさんある。

なんで涙なんか出るんだろう?

もう時間だ。

もっと何を言うか考えておけばよかった。

でもこれだけは絶対、



ー本当に愛してる。大好きだ。ー



僕はどこからでも新葉のことを見守っているよ。

今まで本当にありがとう。

また会う日まで、さよなら』


動画が終わった。


真っ暗になった画面には私の泣き顔が映っている。


いつの間にかパソコンのキーボードには自分の涙があふれている。


1人しかいないこの部屋で私は泣きまくった。


体の水分がすべてなくなるんじゃないかと言うほどに。


なにもかもがぐちゃぐちゃになっている。


どれくらい時間が経ったのだろう。


やっと涙が落ち着いて、私は思考力を少しだけ取り戻す。


そうだ、写真を見ないと。


涙で濡れたキーボードを操作して写真を見ようとした。


けれどキーボードは反応しない。仕方なく液晶画面を触って写真を見ることにした。


そこには、あの高台で絵を描いている私の姿が収められていた。


「盗撮だよ、これ」


泣きながら少しだけ笑みがこぼれる。


写真の中の私はいつも笑っていて、太陽の記憶に私はこんな風に映っていたのかなと勝手に解釈する。


写真を見ていくと、中にはブレているものもあった。


なんでだろう、直接私を見ていたのかな?


その方が絶対にうれしい。


レンズから見ている何十倍、いや何百倍も。


そしてついに最後の写真。


それは見覚えのある写真だった。


今でも大切に持っている写真。


私達がまだ1年生の頃に那緒が撮ってくれた写真。


パフェを食べながらこちらを見ている彼と少し照れている私が映った奇跡のツーショットを太陽は最後
の1枚に持ってきてくれた。


写真の中の止まっている時間を見て、止まっていた涙がまたあふれる。


思わずパソコンを抱きしめて、誰もいない部屋で私は言う。



ー「本当にありがとう」と。ー



気が付くと数時間が経っていた。明るかったはずの外はすでに暗くなっている。


パソコンも電源がつかない。どうやらそのまま泣き疲れて寝ていたらしい。


まだバッテリーが残っているスマホをバッグから取り出し、すぐに那緒へと電話をした。


「太陽は、ちゃんといたよ」


自分でも何を言っているのかわからなくて、


向こうもわかっていなかったけれど、それが最適解だった。
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