御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 突然のことに、私の感覚はマヒしてしまったらしい。
 こんな決定的な場面を見せられているというのに、不思議と怒りは感じていない。あれだけ落ち込んでいたにもかかわらず、悲しみすら引いてしまった。

「いつから? なんて聞いても、もう無駄なんでしょうね」

 脱ぎ捨てられた洋服を一瞥して、弘樹を見据える。
 私と目が合った彼は、唇を噛みしめて悔しげな顔になる。

 家に連れ込んで行為に及ぶくらいなのだから、弘樹は彼女に対して本気なのかもしれない。

「なんで瑠衣は、俺がほかの女を連れ込んでいるのに平気な顔をしてるんだよ」

 開き直って怒りをあらわにした弘樹に嫌悪する。

「涙ひとつ見せないなんて、本当はお前、俺のことなんてどうでもいいんじゃないのか? 恵麻が教えてくれたが、会社でも氷のビスクドールなんて呼ばれてるんだってな」

 小ばかにしたように言われて、ズキリと胸が痛む。
 彼は私を理解してくれていると信じていたが、それも間違いだったらしい。

 弘樹には私の態度を何度もなじられてきたけれど、まさか気持ちを疑われているとは思いもしなかった。
 ふたりで過ごしてきた時間のすべてを否定されれば、抱いていたはずの好意もますます薄れていく。

「ここまで言われても、だんまりかよ。お前のそういうところが嫌なんだよ。せめて怒れよ」

 彼とはもう、一緒にいられない。
 そもそも弘樹は、私を望んではいなかったのだろう。

 カギを握る手に、ぐっと力がこもる。
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