御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 そのことだけでも頭が痛いというのに、さらに弘樹が私を悩ませる。
 昨夜は彼から何度も電話がかかってきていたが、すべて無視をした。受信したメッセージも、いっさい目を通さずにいる。

 あれだけ彼に嫌われたくないと思っていたというのに、不貞の現場を目撃した途端に一緒にいるのはもう無理だと完全に拒絶した。
 一夜が明けて冷静さを取り戻しても、その気持ちは変わらない。こちらとしては、すでに別れたつもりでいる。

 ただ、関係を清算したからといって、心に負った傷が癒えたわけではない。
 弘樹とは、それなりに長く一緒にいたのだ。簡単に割り切れるものではなくて、過去を思い出しては虚しさに襲われる。

 言い訳など、聞きたくもない。三浦さんに乗り換えたのなら、もう放っておいてほしい。
 嫌気がさして、衝動的に彼の連絡先を拒否設定にした。

「はあ」

「ずいぶん深刻なため息だな」

 頭上から降ってきた声に、ギョッとして顔を上げる。
 いつからそこにいたのか。ひとつ上の階の踊り場に、小早川さんが手すりにもたれて立っていた。

 体を起こした彼が、階段を下りてくる。
 気まずさを取り繕うように、軽く咳払いをした。

「すみません」

 なにに対するのか、よくわからない謝罪を口にする。
 立ち上がり扉へ向かおうとしたが、その前に小早川さんが立ちふさがった。

 この人を、これほど間近に見るのは初めてだ。
 たしかに整った容姿をしており、〝貴公子〟だと呼ばれるのも納得する。
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