御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 視界に捕らえた見知った男性に、ギクリと体が強張る。
 少し離れたところを歩いていたのは、私の勤める『サウンド・テクニカ』の営業部長である小早川(こばやかわ)(あおい)だった。

 横目にチラリと向けられた視線と一瞬目が合った気がするけれど、彼はそれ以上の反応を見せなかった。すぐに前方に戻し、歩調を緩めることなく通り過ぎていく。その様子を、つい目で追った。

 小早川さんは、三十二歳という若さで今のポジションにまで上り詰めた優秀な社員だ。仕事に関しては厳しい人だと有名だが、面倒見もよいようで多くの部下に慕われている。

 スラリと背が高く、きりっとした意志の強い目もとが印象的な品のある顔立ちの彼は、女性からの人気もとても高い。
 社内でもファンを豪語する人は多く、陰で彼を〝サウンド・テクニカの貴公子〟と呼ぶ人もいる。
 あちらは社内の誰もが知っているような有名人だが、小早川さんが私を認識しているかはわからない。あの反応の薄さからすると、おそらく知らないのだろう。

 今日の小早川さんは濃紺のビジネススーツを着用していたから、結婚式に参加するわけではないはず。伴う女性もおらず、自身の式の打ち合わせでもなさそうだ。
 彼のプライベートな事情は知らないが、休日の結婚式場にいったいなんの用があったのだろうか。
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