御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「え?」

 てっきり空かと思いきや、そこにはすでに数着の服がかけられていた。しかも、女性ものばかりだ。
 これをどう受け止めてよいのかわからず、少し離れて立つ葵さんを振り返った。

「俺から、愛しい妻へのプレゼントだ」

 戯れだとわかっていながら、熱い言葉に思わず視線が泳ぐ。

「瑠衣に自信をつけさせてやりたい。これはそのために必要な、いわば武器のようなものだな」
 
 どれも品がよくて、落ち着いたデザインのものばかりだ。
 チラリと見えたタグは、おそらく値の張るブランドのものだろう。そろえるのにかなりお金がかかっているのではないかと、恐る恐る背後を振り返った。

「こんなに高いものばかり……」

 気づけば葵さんが真後ろに迫っており、ピクリと肩が跳ねる。これほど近づかれたら、彼の体温まで伝わってきそうだ。

「変わりたいんだろ?」

 身を屈めながら耳もとでささやかれて、体が小さく震える。
 声を発するのもままならず小さくうなずくと、葵さんが満足そうな顔をした。

 サウンド・テクニカは、私が入社するより前に制服が廃止されている。正直なところ、毎日なにを着ていけばよいのか頭を悩ませていた。

 結局はモノトーンのパンツスタイルばかり選んでいるが、季節感も温かみも感じられないだろう。それがまた、自分を冷淡に見せているのかもしれない。

 もう一度、かけられた服に視線を戻す。
 くすみピンクや淡い水色のブラウスなど、派手ではないけれど華やかな色合いのものが多い。
 スカートやワンピースも数着かけられている。こちらはベージュやネイビーなど落ち着いた色味で、抵抗なく着られそうだ。

 どれもただシンプルなだけでなく、リボンや華美にならない程度のレースなどがあしらわれている。流行に左右されないこれらの洋服は、ファッションに疎い私でもオシャレに見える。
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