御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「私でも、変われますか?」

 思わず、そうつぶやいていた。
 服装を変えたところで、中身が変わるわけではない。それは、渚の結婚式の日に嫌というほど実感している。

「もちろんだ。そのために、俺がいるんだろ」

 表情には出ていないはずだが、私の心細さは葵さんに伝わってしまったのだろう。
 私の肩に手をかけた葵さんが、その胸もとに優しく抱き寄せた。恥ずかしさが込み上げてくるけれど、伝わる温もりに体の力が抜けていく。

 本当は、ずっと心細かった。
 肉親はすっかり疎遠になっており、親友の渚も大人になるにつれて距離ができていく。
 もちろん彼女は、顔を合せれば変わらない態度で接してくれる。でもそれぞれ違う道を歩みだしており、学生の頃のような距離感ではいられない。

 もう未練はないとはいえ、恋人として一緒に過ごしてきた弘樹とも別れてしまった。その原因が彼の裏切りだという事実は、私の心に確実に影を落としている。

 誰かに頼りたくても、そのやり方がわからなかった。
 周囲と距離を縮めたくても、一歩を踏み出す勇気もない。

 見た目も対応も私は冷淡な印象を与えてしまうから、近づいてくれる人もほとんどいない。
 結局、なにもかも自分ひとりで抱えて消化していくしかなかった。

 私の体を包む温もりがあまりにも優しくて、ジワリと涙が滲む。慌てて指で拭おうとしたが、その手を葵さんが掴んで取り上げてしまった。

「泣いていいんだ。どんな瑠衣でも、俺が受け止めてやるから」

 再び私が涙を隠してしまわないように、正面から抱きしめ直される。両手の自由は奪われて、涙を見せないためにはうつむくしかなかった。

 優しく頭をなでられて、気が緩んでしまう。あふれ出した涙を、もう隠しはしなかった。
 
 肩を震わせる私を、彼はそのまま抱きしめ続けてくれた。それに安堵して、ますます涙が止まらなくなる。

 仮初の関係だというのに、こんなに甘やかされていいのか困ってしまう。
 たしかに私は、縁談避けになれているだろう。けれど、私の受け取るものの方がはるかに多い。

 さらに葵さんに返せるようなものを、私は持ち合わせていない。
 せめて彼が私との暮らしで窮屈な思いをしないでいられるように、最善を尽くそうと固く誓った。
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