御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「失礼に聞こえたら、ごめんなさいね。私、成瀬さんがあんなにかわいらしい顔をするなんて知らなくて」

 私を見つめる彼女の目が輝いている。
 恐る恐るといった様子でないのはよかったものの、見え隠れする好奇心にこちらが怯んでしまいそうだ。

 言われた意味がわからず反応を返せないでいる私に、長谷川さんがくすくすと笑った。

「急にこんなふうに言われたら、気分を悪くしちゃうかもしれないけど」

 相手に敵意はまったく感じられない。

「なんでしょうか」

 もう少し友好的に言えればいいのに、緊張しているのもあって温和な態度がまったくつくりだせない。

「勝手な先入観で、成瀬さんにはなんとなく話しかけづらかったの。小早川さんと一緒にいるときのあなたは、柔らかい感じになるのね」

「いえ、そんなことは……」

 予想外な言葉に困惑する私を前に、長谷川さんを何度か目を瞬いた。

「戸惑う反応も意外ね。それに、今日は服装もいつもと感じが違うわ。ああ、そうか。小早川さんが選んだのね」

「ええ」

 葵さんがプレゼントしてくれたものの中から、薄いピンクのブラウスにレース遣いが綺麗なネイビーのスカートを合わせてきた。
 いつものモノトーン一辺倒のパンツスタイルと比較したら、ずいぶんと違って見えるだろう。

「小早川さんは、成瀬さんのことをよくわかっているのね。暖色も成瀬さんによく似合っている」

 服装が急に変わり、どう思われるのか気になっていた。好意的な反応にほっとする。

「私、あなたは他人と関わりたくない人かと勝手に決めつけて、よそよそしくしちゃっていたの。小早川さんと接していた成瀬さんを見たら、本当は素直な人かなって気づいて、声をかけたくなったのよ」

 なんだか気恥ずかしくて、うつむきがちになる。

「成瀬さんは、感情表現が苦手なだけなのかな?」

「そうかも、しれません」

 自分の内面を知られるのは、なかなか勇気がいる。

「私は、あなたを誤解していたみたいね。同じ職場で働く仲間として、これからはもっと仲良くしたいわ。なにか困ったことがあったら、遠慮なく声をかけてね」

 ひらひらと手を振りながら、軽やかに去っていく彼女の背中を見つめる。
 葵さんと一緒にいただけでこんな反応が返ってくるなんて予想外だけれども、じんわりと胸が温かくなった。
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