御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 それ以降も、非常階段で何度か成瀬を見かけた。
 出くわしてしまえば途中で立ち去るのも憚られ、結局いつも彼女がいなくなるまで付き合う。言葉もなく、認識しているのは俺だけという一方通行な時間だ。

 非常階段にいるときの成瀬は、なにも言わずにうずくまって過ごす。たまに吐き出すため息だけが、彼女が見せた感情だった。
 それがあまりにも印象的で、成瀬の弱々しい姿が頭から離れない。仕事中に彼女を見かければ、つい視線で追うようになっていった。

 そんな日々を過ごしているうちに、気づけば不器用でひたむきな彼女にすっかり好意を寄せる自身に気がついた。

 ただ自分の立場を考えれば、目立つことを嫌うだろう彼女が靡いてくれるとは思えない。
 踏み出していいのか迷っていたある日、定時過ぎに外回りから帰社した際に、エントランスから出てくる成瀬を見かけた。

 いつも通りにポーカーフェイスの彼女だが、視線を彷徨わせた後に瞳が輝きはじめる。どうやら待ち合わせをしていたようで、彼女ひとりの男に近づいていった。

 なんだ、交際相手がいるのか。
 彼女の他人を寄せ付けない雰囲気から、勝手にそんな存在はいないと思い込んでいた。それだけに衝撃は大きい。
 成瀬が孤独でないのを安堵したのは事実だが、同時にひどく落胆した。

 彼女の幸せを邪魔するつもりはない。
 そう自身に言い聞かせながら、それからはますます仕事に打ち込んでいった。
< 68 / 114 >

この作品をシェア

pagetop