御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 営業部長に昇格した際に、自分が担当していた取引先は部下らに割り振ってある。
 ただ一件だけ、俺をいたく気に入ってくれた社長の強い要望があって、そのまま継続して担当していた。

 相手は、ホテル業界の中でも大手の会社だ。
 ありがたいことにそのブライダル部門でサウンド・テクニカを贔屓にしてくれて、今度は国外の支店でもうちの製品の導入を考えているという。

 詳細を詰めるために、先方には何度も足を運んでいる。
 導入を検討している式場とほぼ同じタイプのものが都内にあるため、あらためて見学をさせてもらうことになった。
 まさか、そこで成瀬と遭遇するとは思わなかった。

 普段は目立たない服装の彼女が、いつになく綺麗に着飾った姿にドキリとさせられる。
 けれど一緒にいる男の存在に、浮きだった気持ちはすぐに消沈した。代わりに、どす黒い感情がわき起こりかける。

 今日はこれから仕事であり、ほかごとを考えている暇はない。そう自身に言い聞かせながら、すぐさまふたりから視線を逸らした。

 仕事を終えて帰途に就くと、気が抜けた途端に再び成瀬のことを考えてしまう。
 おそらく傍にいたのは、会社の近くで見かけた人物だろう。
 感情の発露が乏しい成瀬とは違い、賑やかそうな男に見えた。彼女がそういう相手を選ぶのは意外だが、人の好みにケチをつけるつもりはない。

 成瀬はどんな表情をしていたか。
 勝手な思い込みかもしれないが、わずかに揺れた瞳や男の取り繕ったような雰囲気には疚しさを感じていた。

 恋人との逢瀬を楽しんでいる、甘い様子ではなかった。むしろ他人の結婚式に参加しておいて、会場の片隅でそんなふうに過ごしていたとしたら常識を疑う。

 一瞬だけ視線が絡んだ彼女の、どこか不安で寂しそうにも見えた瞳は、いつまでも忘れられなかった。
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