御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 それからしばらくした終業後に、煮詰まった頭を切り替えようと非常階段に出ていた。
 そこへ、後から成瀬もやってくる。
 いつも見かけるのは昼の休憩時だったため、イレギュラーな行動に違和感を抱いた。

 階段に座った彼女は、両手を顔で覆ってしまった。そうして、重いため息を吐き出す。
 いつも以上に思い詰めているようで、見ているこちらが苦しくなるありさまだった。

 自身の内で決めた気づかないふりをするという不文律を破って声をかけたのは、いい加減に彼女への未練を断ち切るきっかけにするためだ。
 俺の登場にとにかく驚いていた成瀬だったが、意外にも素直な反応を見せる。ダメもとで食事に誘えば、すんなりと応じた。

 美味しいものでも食べさせて、少しでも気分が晴れればいい。そんな気持ちから連れ出したが、予想に反して彼女は自身について明かしてくれた。

 そこで聞かされた成瀬の生い立ちは、同情を禁じ得ないものだった。
 家を出るために進学した先で親友と呼べる相手はできたが、それ以外はずっとひとりでここまでやってきたという。
 彼女のその不器用な性格を考えれば、おそらく苦労も人一倍大きかったのだろう。

 付き合いの長い恋人の不貞だけでも辛いだろうに、その相手が同じ課の社員となれば悲惨さを極めている。
 近しい間柄での裏切りに、意図的なのではないかと思えてならない。

 さらに上司からの理不尽の叱責は、いずれ会社を背負って立つ身としては聞き捨てならないものだった。
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