御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「瑠衣。ほかのことを考えているだろう」

 心の内を見透かされたようで、ドキリとする。
 葵さんは、私の小さな反応を見過ごすような人ではなかった。上の空になっていた私に、気づいていたのだろう。

「まさか、前の男のことじゃないよな?」

 隠し事をすれば、彼に嫌われてしまうかもしれない。

「そ、その。こんな触れ合いには、慣れていなくて……」

 普段のあの人は、見た目から伝わる雰囲気に反して淡白だったように思う。隣にいれば髪に触れられるくらいはあったものの、べったりとくっついてくるような人ではなかった。
 やたら肩を組んではきたものの、手をつないだことは意外と少ない。

「は?」

 体を離して、素早く私を反転させる。
 向かい合わせになり、遠慮がちに彼をうかがった。

「慣れていないって……」

 珍しく戸惑った葵さんは、それからなにかに思い至ったのか、心底うれしそうな笑みを浮かべた。

「そうか、そうか。前の男は本当におろかだな。瑠衣に、こうして触れる許しさえもらえなかったとはな」

 今度は正面から抱きしめられる。

「こんなにかわいい瑠衣を知らないなんて、もったいない。いや、知られていたら俺が嫉妬でどうにかなりそうだ」

 だめだ。彼の言葉が半分も理解できない。
 考えることをあきらめて、彼に身をまかせるほかなかった。
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