御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「さあ、一緒につくろうか」

 ひとしきり私を抱きしめて満足したのか、ようやく解放される。

 今夜はパスタとポトフにベビーリーフのサラダにすると、買い出しの時点で決めている。
 彼にはサラダをお願いして、私は包丁を手に具材を刻んでいく。

 さすがに調理をしている間はなにもなかったが、ふと手が空くと葵さんはすかさず私に触れてきた。
 腰に手を添えられ、髪に触れられ、私の鼓動はずっと高鳴り続けている。

 会社で見かけていた葵さんとは百八十度違う甘い態度に、どうしていいのかわからない。
 もう降参だと私が両手で顔を覆うと、彼は満足そうに笑った。

 ただでさえ葵さんは、容姿の整った素敵な男性だ。そんな人にこれほど甘やかされては、心穏やかにいられない。
 もしかして彼は、私に好意を抱いているじゃないかと考えかけて慌てて否定した。

「葵さん、なんか女性の扱いに慣れ過ぎじゃないですか?」

 食後後にリビングで落ち着いたところでこぼした言葉は、少々恨みがましく聞こえたかもしれない。
 結婚しているとはいえ、私たちは最近話すようになったばかりの間柄だ。まだ戸惑いの方が大きい私に対して、彼は最初から違和感なく甘い言動を繰り返している。
 これは経験値の違いなのだろうかと考えたら、チクリと胸が痛んだ。

「心外だな。そんなわけがないだろ」

 うそをついていないか、じっと彼を見つめる。

「結婚相手を探す時間もないというのに、どこにそんな暇がどこにある。まさか、俺を遊び人だとでも思っているのか」

「さすはに、そこまでは言いませんが」

 不用意な発言をしてしまったと、早くも後悔する。

「相手が瑠衣だからに決まっているだろ」

「私、だから?」

「そうだ。瑠衣はただ俺に愛されて、自信をつけてくれればいい」

 彼の甘い言動は結婚の条件につながるもだと気づいて、なんとなく沈んだ気分になる。
 これが演技じゃなかったらいいのにという気持ちは、明確なかたちになる前に打ち消した。

 一緒に暮らしはじめてまだ数日だというのに、彼の隣にすっかり安心感を覚えている。
 いざ別れが訪れたとき、果たして私は平静でいられるだろうかと、一抹の不安を抱いていた。
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