御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 長谷川さんとは、それなりに話をするようになった。
 私からはなかなかアプローチができないでいるが、気を遣って彼女の方から声をかけてくれるからありがたい。

 数日前にはランチに誘ってもらい、そこでは彼女の同僚に紹介してもらえた。
 最初は遠慮がちだった彼女たちも、長谷川さんを介して話しているうちに緊張が解れていく。話題は次第に葵さんと私のことになっていった。

 完全に打ち解けたとまでは言えないけれど、コイバナとなれば誰もが前のめりになる。しかもその対象が、サウンド・テクニカの貴公子だというから興味は尽きない。

 付き合うきっかけはなんだったのか?からはじまり、どちらがアプローチをしたのか、プロポーズの言葉はどんなものかと、質問が延々と続く。

 根掘り葉掘り探られるのはさすがに恥ずかしいし、ボロを出さないようにと気も遣う。
 頭がいっぱいになって不自然に視線を泳がせた私を、長谷川さんが『ほら。成瀬さんって、実は照れ屋な一面があるのよ』なんて追い打ちをかけてくるからいたたまれなかった。

 でもその時間があったからこそ、彼女たちはすれ違えば気軽に声をかけてくれるようになった。
 それに返す私の表情は、やはりあまり変わらないのかもしれない。
 けれど長谷川さんが、これで怒っているでも不快に感じているわけでもないとフォローをしてくれていたため、嫌な顔はされなかった。

 もちろん私も、少しでも愛想よくできるように心掛けている。
 これまでとは違って、無理はしていない。まったく苦にならない努力だった。

 葵さんと結婚して以来、私を取り巻く状況がよい方向へと変わりはじめている。息苦しかったはずの職場が、少しだけ明るい場所に見えてきた。
 気づけば、この一週間は非常階段へ一度も足を運んでいない。
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