御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
* * *

「ただいま」

 葵さんの声が聞こえて、急ぎ足で玄関に駆けつける。

「お帰りなさい」

 今夜は比較的早い帰宅だが、それでも時間はすでに二十一時をわずかに過ぎている。

「おつかれさま」

 これまでなら、姿を見せたらすぐにキッチンへ引き返して、夕飯の準備に取り掛かっていた。
 けれど今夜は、もう少しだけこの場にとどまって鞄を受け取った。

 私たちの関係が、仮初のものだとわかっている。
 でも、夫婦でいられる今だけは自分のやりたいようしようと思う。

 わずかに驚いた顔をした葵さんだったが、すぐにうれしそうな笑みを浮かべた。

「ありがとう」

 ふわりと抱きしめられ、鼓動が速くなる。

「愛してるよ、瑠衣」

 耳もとでささやかれて、ピクリと肩が揺れる。私の反応を彼が笑っているのが、振動で伝わってきた。

「そろそろ、慣れてくれてもいいじゃないか」

 体を離した葵さんが、からかう口調で言いながら歩きだす。

「ぜ、善処、します」

「ははは。無理だと断定しないってことは、脈ありだな」

 脈ありだなんて、まるで葵さんが私を本気で口説いているみたいだ。
 彼はいつだって、ちょっとした言動で私を翻弄する。熱くなった頬を手で覆い、逃げるようにキッチンへ向かった。
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