大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
面談室は患者の家族がリラックスできるように、明るい雰囲気にしつらえてある。
大きな窓にはレースのカーテンがかかり、壁には絵も飾られているから、テーブルの上に医療情報を見るためのパソコンがなければ応接室のようだ。
明日香は一歩中に足を踏み入れると、いつになく圧迫感を感じた。
何度も来ている部屋なのにおかしいなと思ったら、どうやら窓際に立っている医師のせいらしい。
小顔で切れ長の目をした端正な顔立ちなのに、背が高いせいか部屋が狭く感じる。
ブルーのスクラブは細身の体によく似合っているけれど、半袖からのぞいている腕は筋肉質だ。
その人のアンバランスな印象が、妙に気になる。
明日香は心臓がドクンと音を立てたような気がした。
入院している有名な実業家や政治家に栄養指導をしたことはあるが、ここまで圧倒されたことはない。
明日香は生まれて初めて、目の前の男性に目を奪われてしまったようだ。
「あの、はじめまして。栄養士の小田と申します」
「ああ、君が……坂野燈生だ。よろしく」
表情はクールなままで変化はないが、まろやかな声質は温かみを感じさせる。
「忙しいところすまない。保護者と会う前に、心臓病の患者の食事制限について君の意見を知っておきたいんだ」
「はい。ではこちらのデータをご覧ください」
目の前の医師の理路整然とした話し方に、明日香は頭の中を仕事モードに切り替えた。
「患者は岡野卓也君、三歳になったばかりですね」
「ああ」
検診で心臓病がわかり、ほかの病院で手術していたが、今回は坂野総合病院へ紹介されてきたらしい。
タブレット画面には、患者の年齢から割り出した塩分量や摂取カロリーが表示されている。
「ふつうなら一日四グラムくらいか。これより少なくするとなると、かなり薄味か」
「日本人は成人男性だと一日十グラムくらいは取っていますからね」
自覚があるのか、坂野医師は頷いている。
「ご家族も子どもに合わせるとなると大変だな」