大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
「そのためにご家族にも栄養指導をさせていただいています」
「具体的にはどういう内容?」
明日香のひと言ひと言に、坂野医師は丁寧な質問を返してくる。
「お子さんの年齢に合わせて、色々な調理法や献立もご紹介できると思います」
「それって、ご家族には負担になるものかな」
「ひとりぶんだけ特別に作るのではなく、家族の皆さんのメニューから取り分ける方法もありますから」
「なるほど」
明日香は正直驚いていた。
これまでも手術前後に医療チームのカンファレンスに参加してきたが、坂野医師は特に熱心な気がする。
手術が成功して体調が改善しても、家族にとって大変なのは退院してからの生活かもしれない。
生活習慣をきちんと守らないと、また悪化してしまう危険性だってあるのだ。
管理栄養士は医療チームの一員とはいえ、治療に必要な情報を伝えるだけという立場だ。
これまでも医師と話すことは何度かあったが、ここまで熱量を感じたことはない。
(患者と真剣に向きあっている人だ)
患者の術後の管理にまで細かく気を配っているのを感じて、坂野医師がとても頼もしく思えた。
こんなドクターになら自分も見てもらいたいくらいだが、明日香はとても健康なのでそのチャンスはなさそうだ。
「ご家族用にレシピ集を準備しますね」
「ありがとう」
最後に少しだけ口角を上げて坂野医師が微笑んだ。
その穏やかな表情に、明日香の心臓はまたドクンと跳ねた。
これまで感じたことのない、痛いわけでも苦しいわけでもない感覚。
心が動くとは、こんな時に使う言葉だろうか。
(この人とは、仕事で関わっているだけ。プライベートな感情を持ってはダメ)
明日香は芽生えたばかりの甘い感情に戸惑いながら、必死で押し殺していた。