大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
急接近
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ひとり暮らしを始める燈生のために従兄弟の敦が準備してくれたのは、隅田川沿いの高層マンションだった。
マンション近くの川沿いには遊歩道が整備されていて、体力維持にジョギングをする燈生にはピッタリの物件だ。
川風は気持ちがいいし、時間がある日にはリバーウオークを渡って向こう岸まで足を延ばしてみることもある。
川を渡っただけで街の雰囲気は一変する。
タイムスリップしたかのような、趣のある日本家屋が並んでいるのだ。
燈生はこの街が気に入っていた。
早朝、燈生はいつものコースを走り終えて川風に吹かれていた。
さほど暑さを感じない初夏の朝、身体を動かしたあとはミネラルウオーターが細胞の中まで染みとおっていく。
ふと前方を見ると、見知った女性が早足でこちらに向かってくる。
ウオーキングでもしているのだろうか。なかなか綺麗な歩き方だ。
体幹がぶれることなく、スライドも大きい。リズミカルに振っている腕を見ると、かなり歩き慣れているのだろう。
(小田明日香だ)
病院で会う時とは別人のように見える。
いつもは白衣姿だし、髪の毛はきつく結わえていて真面目な女性という印象だが、今朝は若々しい。
ポニーテールは歩くたびに左右に揺れてかわいいし、淡いピンクの長袖Tシャツに生成りっぽいワイドパンツがさりげなくおしゃれだ。
(この辺りに住んでいるのか?)
見つめていたら、燈生に気がついたようだ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「坂野先生、このあたりにお住まいなんですか?」
自然な口調に、つい燈生も素直に答えてしまう。
「ニューヨークから帰ってから、そこのマンションに住んでるんだ」
燈生がクイと後ろを向けば、明日香も同じ方角を見上げた。
「わあ~この高層マンションですか。見晴らしがいいでしょうね」
「君は?」
「向こう岸にある、古~い日本家屋です」
最新のマンションと比べたのだろう。その言い方には、病院での仕事中の会話とは違う茶目っ気がある。
クシャっとした笑顔を向けられて、燈生は柄にもなくドキッとしてしまった。
これまでじっくり明日香の顔を見たことがなかったが、あまり日に焼けていない肌、マスカラの付いていない長い睫毛が大きな目を縁取っている。
目立った美人というわけではないが、爽やかな雰囲気で愛らしい面立ちだ。
「今日はいい天気になりそうですね」
「そうだな」
「じゃあ、失礼します。また病院で」
もう一度自然な笑顔を見せると、小田明日香は燈生の横をするりと通り過ぎていった。