大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
同じ職場に勤めるもの同士の立ち話だったが、燈生にとっては珍しい経験になった。
そもそも彼が女性と立ち話をするなんて滅多にない。
女性たちは少しでも長く話したがるし、あれこれとプライベートなことで質問攻めにしてくる。
だから女性と会話するなんて、これまで避けてきたことだ。
(つい住んでる場所まで喋ってしまったな)
このところ一緒に仕事をする機会が多かった相手だ。
仕事の延長のようで、気安く感じていたのかもしれない。
(いや、違う。もっと話したかったのか?)
あまりに短い時間だったから、なんだかもの足りなく感じている自分に驚いた。
(仕事の時はあれほど喋るのに、プライベートでは素っ気ないくらいだ)
今しがたの、あっさりとした小田明日香の態度も信じられない。
どうやらほかの女性と違って、彼女は燈生に対してなんの興味もないらしい。
小田明日香が病院で患者のためにあれこれ工夫したり、手をかけたりしている姿が目に浮かぶ。
仕事に関しては熱心だし、真面目なのはわかっている。
(そういえば、看護師たちの評判もよかったな)
スタッフの話しでは、近隣の病院の中でも坂野総合病院は食事が美味しいと評判だという。
入院患者にとって唯一の楽しみは食事だから、その評価はありがたいことだ。
小田明日香たち栄養管理室のメンバーが毎日努力しているからだろう。
それに入院中の子どもたちと、手紙のやり取りをしている話も聞いていた。
ささいなことかもしれないが、病気の子どもたちにとって励みになっているはずだ。
初対面からふた月ほどしか経っていないが、これだけ彼女のことを知っているということは、燈生はどうやら明日香が気になっていたようだ。
(まさか、この俺が?)
あっけなかった小田明日香との会話を思い出すと、残念な気分になってしまった。
(こんな気持ちになったのは初めてかもしれない)
燈生は女性と真剣に付き合ったことはない。
結婚を意識されても困るからこれまでは割り切った関係ばかりだったし、面倒な相手は避けてきたつもりだ。
そんな彼にとって、誰にでも気配りや思いやりのある言動をしている明日香は清々しい。
(彼女がそばにいてくれたら、毎日がどんなに心地よいだろう……)