大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~




燈生が執刀した岡野卓也の手術は無事終わり、経過は順調だった。
小さな体でこれまで何度か手術をしていたが、今回は根治させるための最終的なものだった。
だからこそ術後のケアは大切だ。燈生も気を抜くことなく卓也の回復につとめた。

小田明日香からは、栄養士として卓也の母親と話しあっていると報告を受けている。
退院後の食事療法についてアドバイスしたり、子ども向けのレシピを考えたりしたそうだ。
目立たない地味な仕事だが、細やかな気配りがありがたかった。

いよいよ退院の日を迎えた。
燈生が看護ステーションの近くに行くと、すでに見送りの人が集まっていた。
まだ退院の意味がわからないのか、看護師たちに囲まれて卓也はキョトンとしている。
この日を迎えて感無量なのか、母親の声は震えていた。

「皆さまお世話になりました。本当にありがとうございました」
「退院おめでとうございます」

母親が頭を上げると、看護師の代表が花束とおもちゃを手渡した。

「あっ」

その時、卓也が燈生の姿を見つけて駆け寄ってきた。

「先生、ありがと」
「よくがんばったな」

思わず燈生は卓也を高く抱き上げて、ほめてやる。

「うん。いっぱい走れるよ」
「そうか」

患者が元気になって退院していく姿を見るのは嬉しいものだ。
つい笑顔になると、周りにいた看護師たちが目を見開いているのがわかった。
どうやら小さな子を抱き上げたり話したりするのが、いつもの彼からは想像もつかないようだ。

(俺だって人並みの感情はあるさ)

遠目に小田明日香の顔も見えたが、彼女はいつもと変わらない微笑みを浮かべている。
燈生はそれが嬉しかった。
彼の行動にいちいち過剰に反応するスタッフには呆れるが、明日香だけ燈生のありのままの姿を見てくれる方がいい。

それからも小田明日香はたびたび燈生の医療チームに加わった。
カンファレンスに彼女の顔があると難しい症例にもやる気が出るし、栄養指導をしている姿を見かけると安心する。

燈生の中で彼女の存在が次第に大きくなっていくのがわかった。
仕事だけでなく、プライベートでチャンスが欲しいが、朝のジョギングで出会っても明日香からは話しかけてくることはない。
どうやら院長の息子という立場を敬遠されているようで、職場以外での接触を避けているとしか思えない。

(困ったな)

それでも何回か出くわすたびに燈生から話しかけていたら、少しずつ会話が増えていった。

最初の頃は『運動不足になっしまうので』とすました顔で言っていたウオーキングの理由も、いつしか『私は太りやすくて、つい新しいメニューを考えつくと夜に試食してしまうからカロリーを消費しなくちゃいけなくて』と笑いながら本音で話してくれる。
そんな会話を交わすだけで、一日のスタートが爽やかに感じられる。

いつの間にか燈生にとって、明日香の存在は欠かせなくなっていた。







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