大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
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ある日、燈生はとんでもない状況に出くわした。
むっとした空気にうんざりする夏の夕暮れ、燈生が仕事を終えて帰ろうとしたときだった。
スタッフ用の通用口を出て駐車場に向かいかけたら、建物の陰から話し声が聞こえる。
言い争うというほどではないが、男性の声で女性を責めているような口ぶりだ。
「だから、さっさと屋敷から出て行ってくれ」
「急に出ていくなんて無理です」
女性の声が、小田明日香のものだと気がついた。
周囲を見回しても病院関係者の姿はない。燈生は物陰から少し話を聞いてみることにした。
「あの屋敷は売る」
「え? 孝明叔父さん、どうしてそんなことになったの?」
「金がいるんだ。会社が倒産するかどうかの瀬戸際なんだ」
「倒産って……まさか!」
「もう売れるものは、あの屋敷しか残っていない」
なりふり構わず話しているのは明日香の叔父で、どうやら彼女が住んでいる家を売ろうとしているらしい。
「とにかく、さっさと引っ越してくれ」
「待ってください。おじいちゃんたちのものはどうするの?」
「金目のものは売るし、あとはゴミだ。古いだけのガラクタばかりだからな」
「全部捨ててしまうの?」
明日香の声から狼狽えている様子がうかがえる。
「屋敷を倒して更地にする約束なんだから、仕方ないだろう」
「そんな……せめて思い出のものくらい」
「つべこべ言わずに、さっさと出て行ってくれ」
明日香の叔父は仕事に行き詰まって、まとまった金が必要になって焦っているのだろう。
「わかりました」
か細い明日香の声が聞こえたら、燈生は我慢できなくなった。
「失礼」
思わず明日香を後ろに庇うようにして、叔父との間に立ってしまった。