大切なひと~強引ドクターは最愛の人をあきらめない~
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
叔父の姿が見えなくなってから、ようやく明日香が口を開いた。
まだ顔は青ざめているし、言葉にも力がない。
「とんだ災難だったな」
「あまりにも急な話だから、驚いてしまって」
先ほどの慌てぶりを見ても、急いで現金を用意しなければいけないのだろう。
燈生としても弁護士を紹介するくらいしか、明日香に手助けできない。
「じゃあ、行こうか」
「え?」
「弁護士のところだ。叔父さんより先に事情を話しておかないといけないだろう」
「紹介してくださった弁護士さんは、坂野先生のご親戚ですか?」
明日香は坂野という名字から察したようだ。
「ああ。年が近いから、よくつるんでいる従兄弟だ」
また申し訳ありませんと頭を下げてくるが、燈生は気にしていない。
むしろ偶然明日香の苦境を知ったことで、自分との距離が近くなった気がする。
そのまま愛車に明日香を乗せると、燈生は敦のいる千代田区の弁護士事務所に向かった。
敦は燈生が来るのを待ち構えていたらしく、すぐに応接室に案内してくれた。
ざっと明日香から事情を聞くと難しそうな顔をしている。
「じゃあ、大学時代に相次いでおじいさんとおばあさんが亡くなって、そのあとの手続きは叔父さんがしてくれたんですね」
「はい。当時は弁護士さんや税理士さんが出入りしてバタバタしていました。叔父が遺言状の通りにしておくと言ったので、全部お任せしたんです」
まだ学生で二十歳そこそこだった明日香は、相続手続きの複雑さや自分の権利なんて気にしていなかっただろう。
どこかおっとりしている明日香らしいし、血の繋がった叔父を信頼しきっていたとしか思えない。
「書類にサインしたり、ハンコを押したのは覚えています」